第24話: 傷痕
『話せる?』
エイカの合格発表の日、スマホにメッセージが届いた。
『いいけど』
返信するとすぐに着信が来た。
「電話とは思わなかった」
「……ちょっと、何も手につかなくてね」
「……そう、だね。あとどれくらいで発表?」
「10時から」
「なら、それまで話す?」
「お願い。一人でいると弱気になり過ぎてしまうから」
「わかった」
エイカが息を吐く音がする。
「……何を話す?」
「いきなり言われても」
「何か話さないと怖くて」
「……わかるよ」
「疑っていい?」
これは、自分の怒りを僕にぶつけないようにしているのだろう。
「こういう時まで遠慮しないで」
「後で死ぬほど後悔するよりかはマシでね」
そう言って笑ったあと、注意深くエイカは言う。
「……君は、私の恐怖がわかる?」
「……もっと短い期間だけれども、似たような怖さを味わったことはある」
「ほう」
エイカが興味を持ってくれたようだ。とはいえこの話は正直今のエイカにするべきか悩む類のものである。いやここまで言ってしまったのだからちゃんと話すべきか。
「放課後に話がある、って言ったの覚えてる?」
「……そうそう、忘れるものか」
「あの時、ずっと振られやしないか怖かった」
「結局、振った形になるのかな?」
「僕は今の形は今の形で満足だよ」
「……それなら、交渉はうまくいったのかな」
「うん。あの状態から、きっと一番いい関係に持っていけたと、僕は勝手に思っている」
「君が提示してくる条件が低すぎるのがアレなんだけどね……」
確かに僕はエイカに緩かった気がする。でも、それだけのことをしてあげたいと思えるほど魅力的な相手だったのだ。
「その分、エイカもしっかり向き合ってくれたでしょ。雑な対応しても僕が勝手に折れるだけだったから」
「まだそこまで読めなかったんだよ。変に恨みでも持たれて直接行動を起こされる可能性まで予測していたんだから」
「……カッターナイフの話、か」
「そうそう。よく覚えてるね」
懐かしいものだ。しかしあれから半年も経っていないのだから、時間が流れるのは本当に速い。
「まあでも、正直あの時点で君を殺しきれたか自信がない」
「……どういうこと?」
「認識を歪める、っていえばいいかな。嫌いなはずのことをできるようになる方法はいくつかあるんだよ」
「……そもそも、僕はそういうことしない、と、思う」
自信はない。自分がどうしようもなく衝動的で、救えないぐらい本能に突き動かされるような存在であるということは嫌というほど知っている。
「……今なら、多分急所は狙わない」
「どこを狙うのさ」
「指か目か。一生残って、ずっと忘れられないような場所にしてやる」
「……傷痕ぐらいなら、悪くないのかも」
「君にそういう趣味があったとはね」
エイカの笑い声。
「指輪みたいなものでしょ」
「割り切れる人はそうそういないよ。私だって少しは逡巡するだろうさ」
「でも、それって僕には素敵に思えるんだ」
「面白いね。まあ、君の感情や思考に私の影響を残せたから満足することにしよう」
「……確かに、色々変わった」
ものの見方とか、考え方とか。エイカと話して新しい考え方を持ったこともあったし、自分の中のぼんやりとしたイメージがより鮮明になったみたいな例もある。
「そういう意味で、私は君に不可逆な傷をつけたことになる」
「人間関係は大抵そうじゃない?」
「量の問題かな。私だってどうでもいい相手には構いたくすらもないから」
「……僕は、エイカに評価されてる?」
「何度でも言うけど、そうだよ」
「……嬉しいな」
「それはなにより」
案外、エイカとは悪くない関係に落ち着いたところだと思う。もう別れ話をしたのだけれども。
「……そろそろ、じゃない?」
「……そうだね」
時計の秒針の速度が遅くなったように感じる。ぼんやりしているときにはあんなにぐるぐると回るのに、こういう時だけはじりじりと進むんだ。
「……ない」
エイカの掠れた声。
「……もう一度、確認して」
「……そうだね」
また時間が開く。携帯電話を持つ手が湿っていた。
「……あー、ダメっぽい」
「……そっか」
「ま、そういうのもあるさ。あとは後期試験までに心が折れなきゃ大丈夫」
「……頑張って」
「そうするよ。あと、これ以上君と話すと心が保ちそうにないから切るね」
そう言って、唐突に通話は終わった。
以降、エイカからの連絡はしばらくなかった。
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