第16話: 告白

「……私の都合で呼んだんだから君が払う道理はないだろうに」

「一曲歌ったし、飲み物代も」

「そのくらい手間賃だよ、って言っても無駄か」

諦めたようにエイカが言う。なんとなしに歩く僕ら。

「解散するかい?それとも飯でも食べる?」

「……ご飯で」

「何にする?」

あたりを見渡す。この通りには比較的色々揃っているので僕はお店の一つを指さした。

「ここ、私行ったことないな」

「美味しいよ。そこそこ安いし」

ここでしか見たことがないチェーン店。張り出されたメニューを見ながらエイカは少し考え込んだ。

「どうしたの?」

「いや、大丈夫。行こうか」

自動ドアを抜けて、僕たちは空いている席に座った。

「決まった?」

「うん」

「じゃあ、私が押すね」

カチリと音がして、電子音が店内に響く。


「では頼んだものが来るまで、私の告白でも聞いてもらおうか」

「は?」

耳を疑ったが、エイカのニヤニヤ顔を見るに告白と言ったのは間違いないようだ。

「とはいえ、この告白は恋愛とは全く関係ないよ。隠していたことを口にする、広義の告白」

滅多に使わないが、確かにそういう意味もあった。

「……それで、何の?」

「私の恐怖とか、いろいろ」

エイカは水を一口飲む。

「正直、これを誰かに話すってことだけで色々崩れそうな気はするんだけど、流石に言わないともっと壊れそうだからさ。君を信頼してるからこそ、こんな話をするわけ」

「……わかった」

「うん。正直、受験に全く自信がない。受かる気がしないとまでは言わないけど、客観的に考えればあまり高い確率とは言えないだろうね」

口調はあくまでも軽かった。

「もちろん、家族にも先生にもこんなことは言えっこない。言ったところでどうにかなるものでもないしね。でも君には、せめて言っておいた方がいいかと思って。もし落ちた時にいろいろ君は思い悩むだろうし、終わった後に何を言っても君は納得しないだろうからさ」

「……確かに」

「勉強の様子を聞かれて答える時、私は常に嘘をついているんだ。努力は他の人に及ばない。才能があるわけでも、積み重ねをしてきたわけでもない。世界史はまあ得意だと言えるけど、志望校のレベルかと言われると少し怪しくなる。抜けも少なくないしさ。他の教科はてんでダメ。自分を追い込もうにもどこかでどうせ失敗するんだ、って考えてしまっている。わかる?」

「……なんとなく、は」

「まあ、珍しくもない感情だよね。これそのものは」

少し悲しそうなエイカ。

「だからといって、辛くないわけじゃないよ」

「君はどうだった?」

「気がついたら終わってた」

「……この気持ちをどうしたらいいと思う?」

「さあ」

頭を抱えるエイカと本当のことを言ったんだから何も怒られる道理はないよなと怯える僕。

「……君が羨ましいよ」

「僕だって、エイカが」

「うん。それはそう思うよ。誰だって自分が持っていないものは欲しい。とはいえ君はもう安定を手にしてるんだから黙って私の愚痴を聞いて、適当に全肯定して欲しいな」

「わかった」

ここまで直球だとわかりやすい。

「で、何だっけ」

話していて何を話していたのか忘れるあたり、エイカもかなりボロボロらしい。

「受験の、話」

「そうだった。昨日のだって、単純な偏差値で考えればもっとできなくちゃいけないはずなんだ。カンだけど、あまりいい点数じゃない。正直今感情がグチャグチャしてる。ずっと自分はできる、本番までには何とかなるって言い聞かせてきたけどどうしようもない。吐き出せるのは君だけだし、こんな私を肯定できるのも君だけしかいないじゃないか」

「……うん。エイカは頑張ってるよ」

「だよね。自分で言うのも何だけど相当上手くやってると思う。冗談抜きで。当然、もっと頑張れって言われるのはわかるよ?でもさ」

エイカが水を飲んで、しばらく黙る。

「……言いたくなかったら、言わなくていいよ」

「……言うよ。これは言わなくちゃ」

息を吸って、吐いた。

「正直、どうせ落ちるなら頑張る必要ってあるの?」

僕は何も言えない。

「受かったところで、4年間ずっとバケモノ相手に劣等感を抱えながら、決して良くはない成績を持ち続けて、学校の名前で就職するようなことをして、それが一体何になるってわけかわからないんだよ。今まで学んだことを何もかも捨てて、適当な仕事をすることが大学入った時点で決まっているわけで、わざわざ辛い思いをしたいわけじゃないのに、そんな思いをするためだけに勉強しててさ、別にいい大学行きたくないってわけじゃないんだよ。矛盾してるのはわかってるし、それは自分の中で折り合いつけれてないからそこはほっといて欲しいんだけど」

じっと、エイカは僕の目を見る。

「こっち側の私を、少なくとも君だけは肯定してよ」

「……気合い、入れすぎだと思うよ」

「……そう、かな」

「今日だってさ、普通は受験終わったら一日ぐらい寝ててもいいのに、気持ちを切り替えようと朝から歌ったわけでしょ?」

「いや、今日は普通に勉強をサボって……いやそういう側面もあったのかな」

「きっと、自分の気がつかないところでエイカは苦しんでいるよ」

「これ以上の苦しみを抱えたくはないんだけどね……」

悲しそうに笑うエイカに、まだどきりとしてしまう自分がいる。

「告白ついでに、君への感情も話してしまうか」

吹っ切れたような、気楽な声。

「正直ありがたくてこっちが罪悪感持ち始めてる。好意に付け込んで無茶させてさ、辛い感情を押し付けて受け入れろってやってさ、きっと許してくれるからって相当酷いことしてるでしょ?」

「そう?」

「……許してない?」

「許さなくちゃいけないほど酷いことをされているという認識がない」

「……なんというか、怪しいカルトか何かの信者と話してる気分だよ」

エイカの苦笑い。

「そこまで、僕の行動原理がわからない?」

「理屈ではわかるよ。自分がそこまでできないから飲み込めてないだけ」

「……越えられそうにない?」

「うん。私が精一杯恋をトレースしても、君が諦めない理由が皆目見当もつかないんだ」

「そばにいたい、って言うだけじゃダメ?」

「前にも言ったけど、君の願いを保証できない以上何らかの契約を結ぶのは不合理でしょ?それに正直なところ、人間にそばにいられるのはそこまで好きではない」

「……そっか」

「たまになら悪くないけどね。特にストレスで精神がグチャグチャしている時は変わらない相手っていうのは助かる」

「……喜んでいいの?」

「私のできる最高級の評価だよ」

「なら、素直に受け止めて喜ぶことにする」

「それがよろしい」

満足そうにエイカが言うと、頼んでいたものが運ばれてきた。

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