第15話: カラオケ
デートではないとわかっていても、好きな相手に呼び出されたのだ。一応洗い立ての服を着て、顔を洗って髪をとかすぐらいのことはする。妙に心がワクワクして、気がつけば待ち合わせより結構前の時間に顔を出してしまっていた。
「や」
黒のコートに身を包んだエイカ。ぼんやりしていた僕が時計を見ると、ほぼ待ち合わせ時刻。
「……おはよう」
「何も言わずに付き合ってもらって。悪いね」
「ううん」
受付でエイカがさらりと手続きをして、僕たちは部屋に入る。
「君は座って、のんびりしていな。スマホ見ててもいいけど」
「……なんでカラオケか、理由聞いていい?」
「なんとなくだよ」
そう言いながらエイカは端末をいじり、最初の曲を入れた。
「……歌わないの?」
数曲歌って少し荒くなった息と共にエイカが聞く。
「いや、これといって歌いたい曲がなくて」
エイカが歌う曲のほとんどは知らない歌だ。とはいえ、ラブソングはほとんどない。無理にそうと分類できるものも、だ。
「ヒットチャート、あまり聞きたくないでしょ?」
「まあね、見てないしあまり聞かないけど」
エイカが歌っている間、その曲について調べることにした。動画サイトで数万再生の動画とか、アルバムを出していないバンドとか。どれもこれも明らかにメジャーではない。
「どこでこんな曲を知るの?」
「ランダム再生」
ふとスクロールした画面に僕は指を止めた。
「一曲、入れていい?」
「いいけど、何歌うの?」
幸いにもその曲はリストにあったので、僕は端末の送信ボタンを押した。
「……なるほどね、いい曲だ」
昔買ったアルバムに入っていた書き下ろし曲。ラブソングというには弱い、ある少女の話。
「それで、二番はどうなるのかな」
「聴いてからのお楽しみで」
間奏の間に喉を潤す。大きな声を出したのは相当久しぶりで、きっとひどい声なのだろう。エイカにはすまないことをしている。
歌詞は青年の一人称だ。曲を作った人は大学時代の経験を元にしたらしい。昔はぼんやりといい曲だと思っていたが、今改めて歌うとかなり心にくるものがある。
声が上ずって、目頭がぎゅっと熱くなる。マイクを持ったのと反対側の手で瞼の上から目を軽く揉む。指が少しだけ濡れた。
もう一度、サビ。この歌は「あなた」がいることに感謝する歌だ。もうきっと関わり合うことはないけれど、お世話になった人への言葉。もちろんそれは事実を元にしたフィクションだけど、僕の心には響くのだ。
「……タイトル、何だっけ」
次の曲の前奏が始まる中、エイカが僕に聞いた。
「……どうして、聞くのさ」
「気に入ったからだよ」
僕が示した端末の画面に映る曲の履歴を見て、エイカは小さく笑った後僕の手からマイクをひったくった。
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