第11話: 夜景

夜の電車に揺られながら感じるエイカの体温。少し甘い匂い。思考をこれ以上進めないようにとどうにか空回りさせている自分が嫌になる。

「……ねえ」

「何」

「空いたんだから、もう少し距離を取って」

「……ごめん」

少し落ち着いた脳に嫌な考えが流れ込む。

「……大変だね」

「え?」

「顔を見れば大体はわかるよ」

自分の悩みが筒抜けなのは、妙な気分である。勘違いだと期待できるほど僕の感情は特殊でも崇高でもない。ものすごく下劣で、友人に向けるべきではないそれ。

「自分がそういうふうに考えることが許せないんでしょ?」

「……うん」

「それでいて私のことをまだ好きでいる」

「……うん」

「よっし。予測が当たってきた」

エイカにとって、僕の感情は嫌悪と好奇心の対象となっている。怖いもの見たさみたいな感じで捉えるには複雑すぎる気がする。

「私がそういう感情を向けられるのを諦められれば、君の感情を聞けたかもしれないのに」

「これを言葉にしろって?」

「そういうのでドキドキする人もいるって聞いたよ」

「何読んでいるんだか」

もしそういうことになったら死にたくなってしまう。ある程度冗談抜きで。とはいえ、エイカがそれを聞いてくれるとしたらちゃんと覚悟ができている時だろう。なお残念ながらそういう日はおそらく来ない。そのくらいはわかっている。

「私がもう少し可愛かったら、そういう視線を嫌でももっと浴びるのかな」

「……さあ」

「そもそも、君が私に向けている好意に私の外面的要素ってどれくらい入っているの?」

「……そこそこ」

「私の外見に対する自己評価と比べれば、君は結構多めに見積もってるね」

「そんなことないよ」

「んー、やっぱ賢さとか褒められた方が嬉しいな。嫌なわけじゃないけど、多分相手にもよる。外見しか見ていない相手なら私は蹴れるね」

「僕は?」

「なんだかんだで話していて楽しいし、私のことを理解しようとしてくれている」

「……エイカのいいところをさ、知っている人が少なすぎるんだよ」

今まで考えていたことが溢れるように口から出てくる。

「話している最中に考える仕草とか、上手く行った時の笑顔とか、上手くいかなくて少し口籠もるところとか、本当に可愛いと思うし、ドキドキするし、僕は好きなんだよ」

「あ、動作を評価されるの思ったより嬉しいな。そこらへんは私、自分をあまり好きになれていない要素だから」

「いいの?」

「自分が嫌いだって思っている場所が、案外そうでもないっていう風に認識を書き換えることができればね。これができないと矛盾で苦しむ」

エイカが小さく足をぱたつかせる。

「……楽しそうだね」

「そうでなければ人生に価値などないのだよ」

この軽い口調は、下手すると楽しくなければ死ぬのが良いみたいな考えに直結していかねない。

「……何があっても、僕のエイカへの好意は多分しばらくは変わらないよ」

「じゃあ受験成功したら何かしてもらおうかな」

「……どんなこと?」

「全く考えていない。旅行とかも悪くはないけど、あんまり君を苦しめるのは良くないだろうし。何か奢ってもらうあたりが妥当かな」

「それくらいなら、いつでも」

エイカは何も言わないまま少しだけ、僕に身体を近づけた。窓の外には夜景が流れていた。

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