第5話: 自殺幇助
バリバリと飴を噛み砕く音が止んで、エイカは話し始める。
「恋愛の要素がわからないってわけじゃないんだよ」
斜め上を見て、椅子を後ろ二本の足で立たせながら言う。
「他者に対する排他的独占は、そういう人がいるのはわかる。話が合う人と近くにいたいっていうのも、人間の温もりを感じたいっていうのもわかる。無条件に自分を肯定してくれる存在だって欲しいし、手伝ってくれる相手だっていたらいいなって思う。とはいえ、それを現実に望むのは自己中心的だろ?」
「そうかな」
確かに恋人としたいことをバラしてしまうと、相手に無茶を要求しているようなことになってしまう。
「言うならばこうだ。『私は君が好きだ。ゆえに君も私を好きになるべきで、私のために動くのは当然なんだ』っていうの、どう?」
「……心臓に悪い」
悪女の役というか、なんというかしっくりきている表情と言葉使いだった。胸がギュッと痛くなる。まだ動悸がある。
「え、こういうのがいいの?」
「よくないけどさ、好きな人に何かをしてあげたいって一般的な感情じゃない?」
「そうなのかなぁ」
エイカはどうにも納得できないようだ。
「……もしかして、世間の恋された人間ってこんな便利なコマが手に入るの?」
「言い方」
「だって、そうとしか考えられないよね?」
無茶苦茶な結論に見えるが、確かに物語やらなんやらで恋というのは至上のものとして扱われている。少なくとも、世界と天秤にかけれるぐらいには。
「ともかく、私が君と付き合えないのは誠実でいたいからって言うのもあるよ」
誠実。嘘がないこと、だったかな。
「あくまで利用したりされたり以上の関係にはなれない」
「……それでもいい、って言ったら?」
「私の心が耐えられない。君だって私に殺してって言われても難しいだろう?」
さっきエイカが自分の胸にむけていたカッターナイフを思い出す。あの角度で押し込めば、エイカの願いを叶えられるなら、押すか?
「……無理」
「そんな考え込むほどなのか。流石に自殺幇助は罪が重いよ?」
「罪の問題じゃなくて」
「……じゃあ、何なの?」
エイカがずっと顔を近づけて、僕の目を覗き込む。
「それは……」
相手に生きていて欲しいからとか、人を殺したくないからとか、そういう自分勝手な理由ばっかり思いついてしまう。この仮定で、エイカの望みは殺してもらうことなのに。
「私のお願い、聞いてくれないんだね」
エイカは寂しそうに笑った。
「私にとって、君の告白を受け入れられないのもこれと同じ。ごめんね」
そう言われて、僕はどういう顔をすればいいのかわからないまま瞬きをした。どきりとするほど綺麗な顔だった。
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