第3話: 単純接触効果
「どう?」
「辛い」
休み時間。いつもなら授業が終われば眠気が取れるのに今日は心がきつい。いつもみたいに声をかけてくるエイカは気遣いなのだろうか、それとも無関心なのだろうか。
「……僕が、嫌じゃないの?」
「私は表に出していない感情で他人を評価したくないから」
「……すごいね」
「そうしてれば、多少の誠意を期待できるっていう儚い望みだっよ」
「……ごめん」
「とはいえ、疑問があるんだよね」
「何?」
「一般的に、告白って相当考えてするんだろ?」
「……うん」
自分では色々考えたつもりだったが、今考えると視野が狭すぎた。
「私に振られるのはどのくらい想定していたんだ?」
「……他の人と、話してるのあまり見ないから」
「私の性格からして、学校外にそういう相手はいる可能性は?」
「塾で忙しいっていつも愚痴ってたくせに」
「……そう思うと、世の高校生は校内恋愛しかできないのでは?」
「まず顔を合わせる相手が学校ないだけでしょ」
「ああ、単純接触効果か」
「なにそれ」
新しい用語や概念を説明しようとチャートを組むときの少し口角の上がった表情が、僕は案外好きだったりする。
「ロバート・ザイアンツ、ポーランド生まれの社会心理学者。感情優位性の議論でも知られるね。曰く、感情は理論とは別のシステムであり、そしてせめぎ合った時には感情が優先される。おっと、これは今回のテーマじゃない」
なんとなく、エイカがその心理学者を知っている理由がわかる気がした。
「単純接触効果は、何かに繰り返し触れると次第にそれが好きになるっていう現象のこと。コマーシャル、プロパガンダのポスター、人間関係なんかで利用される」
すらすらと言葉が出てくる。なるほど、僕がエイカを好きになったのはそういう理由も実はあったりするのかもしれない。
「これを説明する心理モデルの一つで面白いのがあってね。慣れが生む誤解という話だ」
「誤解?」
「うん。同じ情報を処理し続けると、脳の中でそれに最適化された処理が編まれる。こうして生まれた慣れが、親近感と誤解されるって考え方だ」
「……そういうのが、あるんですね」
「まあこの理論、意識下でも単純接触効果が発生することから完全じゃないんだけどね。あと慣れすぎるのもダメらしい」
「どうして?」
「どうしてだったかな……。確か、新しい情報がないからってあったはず」
「飽きてしまう、のかな」
「そうそう」
エイカといるのは楽しい。馬鹿な話をして、元気そうなエイカでいてほしい。とはいえ、そうすることは自分の心を傷つけるし、かといって自分の気持ちを押し通せるほど僕は強くない。僕がもう少し思い切りがいいか、あるいは聞き分けが悪ければ良かったのかなと僕は息を吐いた。
「っとそうそう。正直、私は君にいい友達だと思ってもらえている勝手に考えていたんだ。でも君は恋愛関係の発展を望んだ。何で食い違ったのか、そこに興味がある」
「……それを知って、どうするのさ」
「少なくとも君にとって、納得できるというのは悪い話じゃないと思うけど」
きっと、エイカは善意のつもりなのだろう。自分の好奇心とも両立できる、一石二鳥の方法だと胸を張っているぐらいかもしれない。
「ねえ」
「なんだい?」
僕の呼びかけに、エイカは軽く答える。
「僕は、エイカにすでに好きな人がいて、僕とは付き合えないみたいな答え方の方がまだ納得できたよ」
「……私は、嘘はつきたくないんだ」
少し、嫌そうな顔。
「信頼したい相手をこっちから裏切るっていうのは、たとえ自分を守るためでもしたくない。もちろん面倒ごとにはなったし、話し合わなくちゃいけないけど、私に取って君はそれをするだけの価値がある相手なんだよ」
「……そういう台詞、思わせぶりだって解釈されるんだよ」
エイカののんびりした笑顔が少し固まった。
「……そういう風には、受け取るな」
「わかった」
「……ごめん、こっちの心情が危ない。君を嫌いそうになってる。じゃあね」
そう言って、エイカは自分の席へと戻っていった。チャイムが鳴る。授業の支度をしないと。
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