「短編」オレンジ、

たのし

オレンジ

僕の街は荒んでいた。

産まれた場所が悪かった。

産んだ親が悪かった。


僕はとある街のゴミ溜めの街。

綺麗な洋服を着ている連中からはスラムって呼称されている。

母や14からドラッグに蝕まれ、僕は母がドラッグに蝕まれた14歳の歳を迎えたばかりだ。


僕は夜、海外から来る客や金持ちが旨そうな飯に酒を呑む露店街で歌を唄いその客からチップを貰い生計を立てている。


夜、露店街が静かになるまでの間6時間くらい嫌いな奴の為に歌を唄い、ヘラヘラして少ないチップを貰う。それをシャバ代と言う名目で毎回知らない親父に持って行かれ、余った金で妹の為にパンと飲み物を買って帰る。


僕はこの街が凄く嫌いだ。


僕は朝日が登る前に帰り、昼前まで眠ってから妹に食事をさせる。母親はもう半年は帰って来ていない。前からいつの間にかいなくなり、気づいた頃に帰ってくる。そしてドラッグを打ち込み自分を保つ。働いてはいる様だが、自分のために使い僕らには使わない。そんな親だ。


こんな僕にも夢がある。

僕は教育をまともに受けていない。

僕には歌しか無かった。

僕は歌で妹を学校に行かせてあげたい。


それが僕の夢だ。


僕は妹に食事と家事をこなすと鉄工所に行き、4時間程仕事をさせてくれる。ここで稼いだ金は妹の為に貯めておくつもりだ。


しかし、この作業場は労働環境が最悪だ。

鉄粉がキラキラ舞っているわ、防塵マスクは無いわ、火を使うのに手袋もくれない。


僕はいつも油まみれで時々喉も痛くてしょうがない。


僕は日が暮れ、家に帰り、油まみれの手を洗い軽く体を洗ってまたあの嫌いな露店街で好きな歌を唄う。


たまに五月蝿いと機嫌の悪い大人に殴られる事もある。


殴れた次の日目を腫らして鉄工所に行っても、「どうした?何かあったか?」

なんて言う大人はいない。


僕は大人が嫌いだ。


妹はいつも僕を心配してくれる。

今年で12歳になる妹だ。

兄の僕が言うのもなんだが、できた妹である。

僕が殴られたら、濡れた布で顔を拭いてくれるし、僕達より貧しい家庭に自分のパンを持って行く。人の為に涙を流せる自慢の妹だ。


僕はそんな妹を僕の様にはしたくなかった。

だから、妹には働きには行って貰わず家にいて貰った。

妹をこっちの世界に立ち入らせてはいけない。

僕は、働き始めた頃直感的にそう思ったし、それが正しかった。


ある日、僕がいつもの様に歌っていると、遠くのバーの前に座り安い酒を呑んでいる老人がいた。


彼はずっと僕の方を見ていた。


遠くにいても視線で感じる程彼は僕の歌を聴いていた。


いつもの様に露店街に静けさがやってきて、僕はいつもの様にシャバ代を払い、いつもの店でその日の売れ残りを買い、家に帰ろうとした時、その老人が僕に近づき話しかけてきた。


「人生を恨んじゃいかんよ。人生は人がどう生きるか。人がどう生きたかで、結果は変わるんじゃよ。人生を恨んじゃいかんよ。」


そう言うとオレンジを2つ僕にくれた。


「あんたはいい声じゃ。じいさんからのお代じゃ。」


そう言って足元もおぼつかないまま、暗い路地裏に消えていった。


僕は初めて、しっかり聴いてもらった嬉しさが込み上げてきた。初めて貰ったチップではないありがたさを僕は妹に報告したくなった。


早足で家に帰り、寝ている妹を起こし手振り素振りで妹に話した。


そして、2つオレンジを妹と一緒に食べた。

酸っぱいオレンジは少しばかり僕に自信をくれた。


それから、僕は自信をつけたのか僕の評判はその露店街では有名になった。チップも弾んでくれる人も増え、酒を呑む手も止め聴き入ってくれる人が増えた。拍手を貰えた事もあった。


たまにその老人が遠くから僕を見てくれる時があったが、いつの間にか居なくなっていた。


僕は毎晩の様に妹に身振り手振りで今日言って貰った事。貰ったチップのお金を妹に見せた。


妹はいつも、「お兄ちゃん凄い。」「喉は休めてね。」っと気遣ってくれた。


それから、僕の評判は上がり妹と少しいい所に引っ越しをすることができた。


でもやっと雨風が凌げる様な場所である。でも家にシャワーがついた。お湯は出ないが2人で水をかけあった。それくらい嬉しかった。


そんな、ある日僕は喉に違和感を覚えた。高音がうまく出ない。喉が掠れた様な違和感であった。


初めは風邪だろうと思っていたがどうやら違うらしい。僕の喉はだんだん悪化していき声を出すのも、やっとの状態になった。


露店街ではそんな僕を切り捨てるのは早かった。ある日僕が行った時には違う人がそこで歌っていた。僕には居場所が無くなっていたのだ。


僕の中の少しだけ太くなった自信は呆気なく折れた。

それからの僕は廃人であった。


昼間鉄工所に行き働いて、夜は露店街に座って歌っている人。それを聞いて酒を呑む人を只々眺めていた。この露店街は僕を捨てた。そして今は蚊帳の外。それを羨ましくて悔しくて見ている自分に虚しさが募って来た。


その時である。あの時の老人が現れ僕に話しかけてきた。


「妹さんは元気かい?」


僕は初めこの老人が何を言っているのか分からなかった。


「あんたの妹はいつもそこの路地からお前を見ていたよ。」


老人は酒を呑む連中の間にある路地を指差して行った。


「ワシはいつもお前を見ている。妹が気になって聞いたら、大事な兄だと言うから何回か一緒にお前を見ていたんだよ。」


でも妹はそんな素振りも見せないで毎日僕に接していたのか。


「ある日、行ってやればいいじゃないか。って妹に言ったら、『ここには来てはダメだって念を押されているの。でも歌っているお兄ちゃんはカッコいいから』って言ってたぞ。素晴らしい妹じゃないか。」


僕は雑踏の中で声を漏らさない様泣いた。

妹に対する感情と、今の不甲斐ない自分への感情がごちゃ混ぜになり訳もわからず泣いた。


「お前は他人を恨みすぎておる。妹と正反対じゃ。歌がなくてもお前には立派な妹がおる。これからは1人で頑張るんじゃなくて妹と2人で頑張ってみてはどうじゃ。妹も喜ぶと思うぞ。」


そう言うと、老人はオレンジを2つ僕の横に置いて何処かへ行った。


僕はその後、涙を拭いて丸々太ったオレンジを持って家路に急いだ。


妹は髪に櫛を通しながら僕を迎えてくれた。

妹にまるまる太ったオレンジを一つあげて一緒にオレンジを食べながら、妹とこれからの話をした。


人生は人がどう生きたか。じゃなくて、人がどう生きるか?


僕はそう思いながら、酸っぱいオレンジを口に入れた。





おしまい。

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「短編」オレンジ、 たのし @tanos1

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