20. 谷沢胡麻弥の話(死)

 このあとボクはすぐ家に帰ることにした。

 ガマンして、ナラオさんに涙を見せずにサヨナラをいえたよ。


       ◇ ◇ ◇


 ボクが死んだ。

 自殺なんかじゃないんだよ。

 好きな子に告白してだめだったから、死ぬほどつらかっただろうけど、それまでで一番悲しかっただろうけど、胸がそれまで感じたことのないような変な痛さだっただろうけど、でもそれでもボクが死にたいなんて思わなかったはずだよ。

 もっと生きていたかったはずだよ。

 ぼうっとして歩いていたボクも悪いよ。でも青信号だったんだよ。

 ねえ車、責任とって。ボクもっとずっと生きていたかったはずだよ。

 好きな子のこと、すぐには忘れられないだろうけど、でも、それでもちゃんと立ち直って、次の新しい恋を見つけて、彼女を作りたかったはずだよ。

 中等部に進んで、さらに高等部へも進んで、いろんなことしたかったんだよ。きっと。

 どうしてくれるの? ねえ車、何とか言ってよ。

 えっ? お金って、いらないよ。

 ボクの命返してよって言っても無駄だよね。そんなことわかってるよ。

 ねえ運転手、規則守れないのなら、今すぐ教習所に免許証を返しに行ったらいいのに。

 それと警察それとも法律を決める人?

 交通法規を守るって約束で運転するのを許可してあげてるんじゃないの?

 そうでしょ?

 だったら、できない人の運転免許を取り消してほしいと思うよ。

 ボクのお父さんとお母さんがどれだけ泣いたのか、知っているんでしょ。その涙返して欲しいなんて言わないよ。あなたたちにあげたものじゃないんだから。ボクのことを想って流したんだから。

 ボクの将来なくなっちゃったよ。

 楽しいことばかりじゃないけれど、いいこともたくさんあるんだよ。ワクワクしたり。嬉しかったり。ドキドキしたり。まわりが明るく見えたり。温かかったり。

 でももう何も感じられなくなっちゃったよ。

 お父さんとお母さんの近くにもいられなくなっちゃったよ。

 お父さん・お母さん、ごめんねって言ってるよ。親孝行できなくなっちゃったんだよ。新しい家建ててあげたいって言ってたんだよ。

 お父さん。これからもお母さんのこと大切にしてあげてねだって。

 お母さん。ときどき酔っぱらってたりするお父さんだけど、ずっと面倒見てあげてねだって。

 外を歩くときは車に気をつけてねだって。

 寒くなったから風邪ひかないでねだって。

 二人とも元気だして長生きしてねだって。

 今までありがとう。さようなら。だって。

 【ボクの初恋 ~完~】



「落花傘先生、こんな感じでどうですか?」

「ふむ。ゴマヤ君好いぞ。気持ちが好く表現されておって、小学生にしては旨い文章だろうて。作家を目指してみてはどうだ」

「えへへ。ありがとうございます先生。でもボク将来はサラリーマンになって、それから脱サラして会社の経営をするつもりなんです」

「はっはっは。そうだったな。作文に書いてあった」

「え、読んだの? はずかしいなあ。下手だったでしょ?」


 お父さんがあの作文を落花傘先生に見せちゃったんだね。


「何の何の好かったぞ。日本一難しい大学で学んで、立派なサラリーマンになると好い。その方が下種げすな政治家より一億倍も社会の役に立つであろうて」

「はい、がんばります。ところで先生は車が嫌いなんですか?」

「おお……あいやいや。ただ、この前泥水をぶっかけられてな」

「そ、そうなんですか……」


 だから車を責める文章をボクに書かせたのかなあ?


「ふむ。それで今度その車がきたら、正面から泥団子をぶつけてやろうと計画しておるのだ。はははは」

「ええっ、それはやめたほうがいいですよ。車載カメラで先生の顔バッチリと写っちゃうから」

「何だと! そうなのか」

「そうですよっ!」

「そうかそうか(危ない危ない。事前に教えて貰えて助かった。ふー)」

「そうでなくても、絶対そんなことしちゃいけないですよ」


 このお爺さん、だいじょうぶなのかなあ?


「はははは承知承知。先程のは冗談冗談♪」

「ジョーダンですまないよー。あとそれから、ボクのお母さんを重体で植物人間にするなんて、いくら小説でもやりすぎです。お母さんあのときカスリ傷ですんだのにぃ」


 きのう、あの週刊誌こっそり読んで、ボク泣きそうになったよ。


「おお、済まぬ済まぬ。だが何故それを知っておる。あれは大人の――」

「あっ、いえあの……そ、そう、お母さんからちょっと。あは、ははは」

「ふむ。そうか。まあそれよりゴマヤ君の恋の行方はどうなのだ? 新しい子が見つかりそうか?」

「はいはいはい。ちゃんと見つかりましたよ。隣のクラスのかほりちゃんとつき合うことになったんです」

「何だと早いな。昨日の今日なのに」

「そんなこといってられませんよ。青春は短いんだから」

「はははは、これは一本取られた。よしゴマヤ君が青春を卒業した暁には、吾輩がSMクラブに連れて行ってやる事にしよう」

「やったー。でも先生その頃生きてます?」

「うっ(最近の子供は云う事が直線的だなあ)」

「あっでもSMクラブって、どんなとこなのかなあ?」


 ホントはちょっと知ってるんだけどね。子供のふりしとかないといけないし。


「まあ小学生はまだ知らずとも好い」

「ふうん」

「そうだそうだ。これは今日の謝礼だ。しほりちゃんに餡蜜でも御馳走して上げると好い。女の子は何と云っても甘い物だ」

「ワーイありがとう先生。でもちゃんじゃなくて、ちゃんですよ」

「おお済まぬ済まぬ。ふぉふぉふぉ。かほりちゃんか。そうかそうか」

「はい。そのかほりちゃんと今度パフェでも食べに行きます。あっそうだ、ボクこのあと用事があるんだった」


 フゥ~、やれやれやっとだしてくれたよ。これでようやく家に帰れる。お年寄りの話し相手も大変だね。


「またいつでも遊びにくると好い」

「はい。コーヒーごちそうさまでした。さようなら」

「ふむ。車にはよく気を付けるのだぞ」

「はーい!」


 あー疲れたよ。

 でもこれとても大きいなあ。どれだけ入ってるんだろう?

 まさかこれで二百円とかってことないだろうね?

 そんなだったら、ボクもう二度と取材なんて引き受けないよ。

 この日の夜にお父さんから聞いた話なんだけど、落花傘先生の最初の子供が十一歳のときに交通事故で死んだんだって。今のボクと同じ歳だね。かわいそうだね。


       ◇ ◇ ◇


◆お知らせとお詫び◆

 先週号に掲載いたしました「お知らせ」に誤りがありました。

 先日交通事故に遭われました谷沢タニサワ辛子カラコ先生は幸いにして軽症でした。谷沢先生はご無事です。訂正してお詫び申しあげます。

 今後二度とこのような誤りのないよう、全社一同が十分に注意するよう努めて参ります。谷沢先生のご関係の方々に多大なご迷惑お掛けいたしましたことを重ねてお詫び申しあげます。

 谷沢辛子先生・ご遺族の方々・読者の皆様方・関係各位、大変申し訳ございませんでした。



「谷沢。この『お知らせとお詫び』は間違いではないのか?」

「えっ、どこがですか?」

「ご遺族の方々と云う部分だ。遺族ではなくて家族あるいは親族であろう?」

「あ――っ! ホントだぁー、編集長のやつめ、カラコを勝手に殺すなー!」


 これはきっと落花傘先生とお父さんの悪戯だ。


「ちょっと二人とも、いい加減にしてよ! ふつうこんなまちがいしないでしょ!」

「おお、バレたか。冗談冗談♪ ふぉふぉふぉ」

「ゴマヤは賢いなあ。わははは」


 まったくこの二人ときたら、ジョーダンばかりなんだから!

 というよりジョーダンになんないよぉ、こんなのは。

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