19. 谷沢胡麻弥の話(参)

「あのう落花傘らくかさん先生」

「何だ?」

「ぼ……勃起だなんて、ボクすごくはずかしいよぉ。ちょっとかたくなって上向いただけなんだから」

「それを勃起と云うのだ」


 きっとそうなんだと思う。でも、やっぱりはずかしいなぁ勃起って。


「うーん……」

「好いのだ少年。勃起は好い現象なのだ。勃起こそが少年、否、胎児から老人まで全ての男の漲る生命力の証だ。少年よ勃起を抱け」

「へ?」

「ふむ。吾輩も少年に負ける訳にはいかぬ。ゴマヤ君よりもさらに力強く勃起してみせるぞ。執筆は勃起なりぃー!」

「はあ?」


 もうメチャクチャだよぉ、この人。


       ◇ ◇ ◇


 この前ナラオさんと遊んだとき、海で撮ってもらった写真を見せてあげればよかったのかも。それで「ボクの好きな子はここに写ってるんだよ」、なんてね。

 あははは、いえないよねそんなこと。

 学校に着いた。上履きにまた砂が入ってた。

 誰がやったかわかってたから、教室に行ってすぐ、その子の席の前まで行った。


「キミが砂を入れるんだろ」

「そうだ。それがどうした」


 その子は席を立って、ボクの目の前にきて向き合った。


「もう砂を入れないでよ」

「わかった。次から泥を入れてやる」

「泥も入れないでよ」

「いやだ。入れる」

「それなら」


 ボクは右手を上げてグーを作ってみせた。


「なんだやるのか」

「やるよ」

「やれるもんか」

「やれる」


 ボクはグーで強くその子のお腹を押してやった。


「ううっ…………」


 痛かったはずだ。

 その子は声がだせないで、しばらくうずくまって両手でお腹を押さえていた。

 それからその子は手で顔をかくした。


「ひっ、ひぃぃーぃん! ひぃぃー」


 声がでるようになって、その子は泣き声をだした。指のすきまから涙がでているのが見えた。

 まわりのみんなもすごく驚いてたよ。

 その子を泣かしたことで、ボクは先生に怒られた。家にも電話したそうだけど、お母さんは何もいわなかった。お父さんは「やったなあ」とだけいった。

 それからは、上履きに砂が入らないようになった。

 もうからかわれることもなくなった。ホントは暴力ってよくないのだけど、それでもボクはやってよかったと思っている。教室で、その子としゃべるようにもなったし。

 その子は、ボクの成績がいいのが気にいらなかったんだって。

 それと、からかったときにボクが黙って無視したから、腹が立ったんだって。それで、「砂を入れてしまってごめん」といってくれたんだ。だからボクも、「お腹を押してごめん」ってちゃんといったよ。

 落花傘先生がいってた「男は時として押しも必要」というのは、このことなんだってわかったような気がした。

 それでちょっとだけ自信がわいてきたんだ。

 ボクはそれまでの人生で一番大きい決心をした。

 ナラオさんに「土曜日にまた遊びませんか?」ってメールした。すると「次の土曜だったら午後からOK。今度はぼくの家でどう?」って返信がきた。もちろんボクも「わかりました。午後二時に行きます」と返した。

 よし、ボクは必ずいうよ。土曜日だ! そんなふうに心のなかで叫んでいた。

 土曜日の午後、約束通りにナラオさんの家に行って、テレビゲームとかしたりしてすごした。もちろん楽しかったけど、ボクはそわそわしていた。

 そして夕方、そのときがきた。

 ボクは四次元学園・初等部の受験のときよりも緊張していた。のどもカラカラの状態。心臓も高く鳴り響いているのが自分でもよくわかった。


「ボ、ボク、ナラオさんが好きです。ボクと正式につき合ってください」


 ちゃんといえた! でも、正式にだなんてちょっとかた苦しいかな?


「えっ? ええっーうそ!?」

「ダメかなあ」

「あ、ごめん。びっくりしちゃった。あっあのでもぼくね、ほかにね、好きな子いるから。だからあのう……」

「そ……かぁ」

「あっでもでもゴマヤ君とは、これからもずっと友だちだよね。ほらっ、だから、ねっ」


 ナラオさんが手をのばしてきた。


「……そ、だね。ははは」


 ボクたちは握手をした。やわらかい手だった。とても温かかったよ。

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