04. 尻実検(後編)

 さて、話を現在に戻そう。西暦二〇二四年一〇月九日だ。

 ここは私立・秀香しゅうこう学園中等部。

 今は昼休みなのに、いつもと違ってほとんど全員が教室の自席に着いている。ところどころ話し声はあるが、どれも控えめな小声だ。ザワついてはいるものの、何か厳かな雰囲気が漂っている。


「めくるちゃんだろっ、絶対に」

「う~ん、よしこも結構人気あるみたいだぜ」


 まもなく新女王選の結果が校内放送で伝えられるのだ。

 今年の立候補者は三人。二組の留真るま芽繰めくる、四組の嗅分かぎわき芳子よしこ葦多アシタ楢尾ナラオ


 ――つぅーつー ぴぃー


 教室に設置された拡声器に音が入った。


『これより、新女王選出実行委員会から、新女王選の結果をお知らせします』


 全教室が静まり返った。誰もが息を止める。


『新女王は、三二三票獲得の二年四組・葦多楢尾さんに決定しました』


 直後、歓声・怒号・驚嘆といった様々な声と、拍手や机を叩く音などが一斉に沸き上がった。なかでも「まじでか!?」「うっそーっ!」というような驚きの声が多かった。


 午後は早速全校集会。新女王就任式だ。

 雨天のため第一体育館に二年生全員と一部の教師および来賓とが集まった。一・三年生は各教室で担任教師と共に放送を聞いている。

 だが、壇上へ上がる途中で楢尾は倒れた。彼女はすぐに救急車で運ばれて命に別状はなかったのだが、そのまま入院する事になった。新女王を辞退すると言っている。

 この翌日急遽行われた再選の結果、新女王は留真芽繰に決定した。朝から快晴となっている。学園内グラウンドに設置された壇上に立つ芽繰が、就任挨拶を笑顔でこう締めくくる。


『これから一年間だけどぉ、みんなにあたしのウィータ、いっぱいいっぱい嗅がせてあげるねっ!』


 波瀾はあったものの、この将来有望な秀香中・ガスじょたちの、次の頂点つまり女王が誕生したのだ。

 特に今年は第五〇代の節目の年でもあり、そして何より孫娘がその栄誉を勝ち取ったので、中等部校長・空風すきかぜ放男ひるおは大いに喜んでいる。

 来賓席には第零代女王・空風すきかぜ実繰みくるの姿もある。彼女も孫娘の晴れ舞台に感動の涙を流した。


 秀香学園中等部は、国営新ガス専売公社(略称:新ガス社)への女子就職率が一八年連続で全国一位の名門ガス女校だ。この一八年間では、女子就職率が九五パーセントを下回った事は一度もなかった。

 しかし女子校ではない。ここを卒業する女子生徒のほとんどが新ガス社に就職する事から、優れたガス女を輩出(決して排出ではない)する優秀な学校という意味において名門ガス女校なのだ。

 今年の三年生の場合、女子一一二人中の一〇九人までもが新ガス社に内定しており、残り三人だけが高等部へと進む。男子は一〇四人中の九人だけが新ガス社で、その他大勢は全員が高等部行きとなる。


 新ガス。その主成分は有機化学者の嗅分建造が発見した新しい気体・ウィータである。これは二〇世紀最大の発見となった。

 ウィータは一〇歳前後から二五歳くらいまでの特定の女子だけが放つ事のできるガス。微香性・無色・無害・可燃性・高効率、さらに人間をより良く変える働きをも兼ね備えているという優れた気体なのだ。


 ただ生きるのではなく良く生きる。


 ウィータを嗅ぎ続ければ、やがては誰でも正しい倫理感を持つようになる。そうして対立・闘争・殺人・戦争といった悲しい出来事がすべてなくなる。

 だからこそ世界中から期待される気体となった。

 もちろん発見国である日本においても実用化されて、今や従来のガスに取って代わっている。国営新ガス専売公社から各家庭へと日々送られているのだ。


 だが今から三年前に、ある邪悪な陰謀が企てられた。それにより、新ガスに別の有害な気体が混入されてしまい、嗅ぐと精神が犯されてしまうという危険を引き起こしつつあるのだ。

 ライフラインを悪用した、まさに全国規模のテロ。

 このままでは日本人全員が骨抜きにされてしまう――そんな危機感を抱いて立ち上がった一人の少女・葦多楢尾。ポニーテールが可愛く似合う一四歳。

 しかし女王まであと一歩のところで、楢尾は一発も放つ事ができないまま敗れてしまったのだ。後日楢尾の母親が退学届を持参する。学園側はただそれを事務的に受理するだけである。

 このため気の毒ではあるが、遅くとも西暦二〇三五年頃には間違いなく日本は滅んでいるはず。


 残るのは、ただ生きるだけの精神が犯されてしまった日本人。


 そればかりか、もうこれは全地球人の危機だ。

 自分たちは叡智ある者だと威張り腐ってきた者たちは今後、家畜同様の生き方しかできなくなるであろう。

 ちなみに空風放男の証言によると、特別優秀なガス女の放つ純粋ウィータは桃の果実のような香りがするそうだ。それはもう恍惚となるほどの良い匂いなのだ。嗅げばEDの人でも勃起するらしいぞ。

   【尻実験 ~完~】

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