一章「便所文庫創刊」

05. 便所文庫

便所文庫べんじょぶんこ 創刊!!】

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 ――課長、是非とも率直なご意見をお願いします!

 ――う~ん、ちょっと硬くないかぁ。痛かったんだよう……あの紙



「――と言うことだったんだよお」

「わっはははははぁ~。そりゃ大変すね先輩」

「笑いごとじゃないよお、ワサビ君!」

「わははは、済みません済みません。あんまり可笑しかったもので。でももう創刊しちゃったんですし、そのままいくしかないっしょ。実際拭く人なんていないんじゃないんすか? その課長くらいでしょ」


 ぼくの勤める何手面なんでも商事が輸入している特別な紙を、大学のときの後輩がやっている出版社で採用してもらって創刊された便所文庫。その広報活動にも協力させてもらっているぼくにとって、今日のプレゼンでの課長の意見は信じがたいものだった。まさか紙質に関して身内(と言うか直属の上司)からクレームがつくとは。

 留真るま課長(実はぼくと同期なんだけど)、今頃になってそこを突いてくるのかあって思ったよ。まったくもう……と言うか、あの紙ですら痛いだなんて、課長きっと痔だね、ぢ。

 ワサビ君はワサビ君で笑ってばかりだし。これじゃあまるで酒の肴だよ。あぁ~あ、つらいなサラリーマンは。ぼくもワサビ君みたいに脱サラできたらなぁ……あでもぼく社長って柄じゃないよね。


「先輩何落ち込んでるんすか。さあ、ぐっといきましょぐっと!」

「……う、うん。そうだね」

「そうと決まれば。お~い、お姉さ~ん! 大瓶二本追加。それから手羽先もあと三人前! て、やべえ財布空なのすっかり忘れてた……そう言う訳で先輩、ごちそさんっす」


 結局今夜もぼくが勘定を持つことになるのかい……まったく調子いいんだからワサビ君は。


「でもワサビ君、社長なのに財布が空だなんて大丈夫なのかい?」

「ええまあ、なんとかなるっしょ。わははは。さあ飲みましょう飲みましょう。おお~い、お姉さ~ん、大瓶早く早くぅー」


 これなんだよねワサビ君は。これくらいの度量がないと会社を立ち上げるなんて無理なんだろうなあ。しかも競争・業績ともに厳しい出版業界だしね。ぼくには絶対真似できないよ。


「おまたせしましたぁー、大瓶三本です。あと手羽先のほうはもう少しですから」

「おお、きたきた」

「あれえ二本じゃなかったけ?」

「えっ! まちがってますか。申しわけありませーん」

「いいからいいから。二本も三本も一緒一緒。わははは」

「そうですかぁ。どうもすみませーん!」


 そりゃあ一緒だろうよ。ワサビ君は払わないんだからってあーぼくまた細かいこと気にしちゃってるよ。やれやれ。


「あそうそう先輩、これ見てやってくださいよぉ」

「え、なんだいそれ?」

「この前ね、息子が作文書いてたんでちょっとコピーしておいたんすよ。面白いですよ」

「ああゴマヤ君はもう六年生なんだね。それにあの名門私立・四次元学園だから将来が楽しみだねえ」

「わははは。まあそっすね」


 さっそくゴマヤ君の作文を読んでみることにした。原稿用紙二枚だね。

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