第2話 女王さま登場

 バルディア王国。

 俺を召喚し、俺を勇者とあがめる、勘違い人間が集まる国。


 シンデレラが乗るようなきらびやかな馬車に乗せられ、厳重な警護の元、城下町をパッカパッカ進む。


 歓迎されていることに俺は戸惑うばかりだ。

 ワールドカップで優勝したわけでもないし、金メダルを取ったわけでもない、ただのおっさんをみんなが迎え入れてくれる。

 手を振り、小旗を振り、ようこそと声をかけ、我々を導いてくださいとまで言う。


 いや、無理だから。

 そもそも、勇者じゃないから。

 人間の中で一番価値のない、おっさんだから。


 こんな居心地の悪い思い、はじめてだ。

 

 これから待っているのはきっとあの展開。

 俺を歓迎していた王様が血相変えるんだ。


「こやつ、レベルも低いし、大したスキルも持っておらんぞ。しかもおっさんだし、期待外れだ。出ていけ、どこにでも行くが良い!」


 そして荒野に投げ出される。

 行く当てもなく窮地に立つ俺に襲いかかるモンスター。

 それを颯爽と救うAかSランクの冒険者。

 できれば可愛い女の子。

 

「あなたのスキル、使いようによっては無敵じゃない?」


 さあ私と行きましょうと差し出された手を握り、若い女の子と仲良く冒険の旅へ……。


 しかし現実はそう上手くはいかない。


 そもそもバルディアを治める偉い人は意地悪いおっさんではなかった。

 女王さまだったのだ。

 

「ようこそ異世界の勇者よ。私はヒビキ。この国を治めるものです」

 

「あれま……」


 予想外の人物だった。

 まず女性だったということ。

 若かったということ。

 そして、可愛かったということだ。


 黒髪ロングストレートに、エメラルドグリーンの瞳。

 女王というわりに派手な装飾品は一切身につけて無いけど、質素な水色のローブが逆に神々しく見える。

 あと、凄く良い匂いがする。

 近所のスイーツ屋が大人気のケーキを焼き上げた瞬間を通りがかった時みたいな。

 

 こんな綺麗な人、日本にいたらどの業界も放っておかないだろうなってレベルの美人だが、この人が凄いのはその風格だ。


 俺はこの世界の異物でしかない。

 なのに、彼女を見た瞬間に勝手にひざまずいてしまうくらい、ヒビキ女王には品があった。


「わざわざの出迎えありがとうございます。小島武蔵です」


 ヒビキ様はウムと満足げに頷く。


「ムサシ、ここに来てくれたことを嬉しく思います」


 そういって頂けるのは光栄だが……。


「あの、いきなりですが女王さま。質問をひとつよろしいですか?」


「無理もない。なんでも聞こう」

 

「オボロという名に聞き覚えは?」


 女王さまには悪いが、まずは俺をこっちに呼び寄せたオボロばばあと話をしたい。

 しかしヒビキさまの反応は鈍かった。


「さあ……。この国にはそのようなものはおらぬが……」


 周りにいた部下にも確認してくれたが、彼らもオボロという名の人間は知らないそうだ。

 おれはてっきり、オボロばばあの魔術によってここに来たという認識でいたが、実際は、バルディア国に長い間伝わる秘術をヒビキ様が実行したということらしい。


「で、では、もしかしてヒビキ様の正体がオボロばばあだったと……」


 作家脳をこじらせ、つい口を滑らした俺に対し、女王をばばあ呼ばわりとは何だと大臣並びに騎士団の方々がお怒りになった。


 しかし、ヒビキさまはクスッと笑うだけ。


「よいのです。何もかもが違う場所に来たのです。戸惑って当然。オボロという名の魔女も今度探してみましょう」


 女王としての度量の深さを見せつけると、


「今度は私の番です。一緒に来てください」


 と、城のバルコニーに俺を連れて行く。


「ムサシ、このバルディアについて率直な意見を聞かせてくれませんか」


「意見ですか……」

 

 新参者にしか見えない景色があるはずだと大いに期待されてるようだ。

 ここに来てからまだ半日も経過していないのにと困惑しながらも、俺は今まで見てきたものを思い浮かべた。


 バルディアの城は、ドイツにある風光明媚な世界遺産と遜色ないくらい立派な作りで、城を囲むように作られた街も多くの人で賑わっている。


 あのオボロばばあに前もって「弱い」と聞かされていたから、さぞ殺伐とした国なんだろうと想像していたので、わりと良いじゃんと感じたことは確かだ。


 しかし、あの段階でばばあが嘘を言う必要はない。

 

 俺は自分でも不思議だけど、ばばあの言葉を信じた。


「率直に申し上げます。きっとこの国は、金もない、食料もない、人材もない。ないないづくしで苦しんでおられるのでは?」


 なんせ、一条兼定、あげく橋瑁だから。


「なんと、わずか半日でそこまで見抜いていたとは……!」

 

 目を丸くする女王。


「さすがは勇者、驚くべき観察眼です」


「いやあ、はっはっは」

 本当は答えに近いヒントを事前に聞かされてただけなんだけどね。


「あなたのいうとおり、この国は窮地に陥っています。かつての英雄が残してくれた遺産をゆっくり食い潰しているだけなのです」


「かつての英雄……、ですか」


「ええ。今から八百年ほど前のこと。今日と同じように、異世界からやって来た勇者によって、この国は豊かになったのです」


「俺よりも前に異世界召喚があったんですか……」


 どうやら偉大なるパイセンがいたらしい。


「ええ、その方もあなたと同じ日本人でした。彼は自らを武士と名乗り、強靱な身体能力と圧倒的な統率力で諸国を圧倒しました」


 ヒビキさまはその大きな目で俺を見つめる。


「その名はヨシツネ。バルディアの英雄です」


「よ、よ、よ、ヨシツネ?!」


 ヨシツネと聞いたときの衝撃を皆も感じてくれるだろうか。


「いやいやいやいや!」


 本当なら女王さまの華奢な肩をつかんで、目を覚ませといいたかったが、コンプライアンスを気にしてそこは我慢した。


「いいですかヒビキさま、そのヨシツネって人が俺が思う義経と同じなら、凄く困ったことになりますよ!」


「なぜ?」

 ぽかんと首をかしげるしぐさはマジで可愛かったけれど、それどころじゃない。


「ヨシツネさんがしたのと同じことを期待してヨシツネ代わりに俺を召喚したとしたら、それはとんだヨシツネ違いです。ヨシツネがしたことはヨシツネにしかできず、俺にヨシツネをヨシツネでヨシツネしろといわれても」

 

 駄目だ。混乱しすぎてヨシツネが渋滞を起こしている。


 こんなことになるなら、追放されていた方がまだましだったぞ……。

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