第5話 落盤

 ソフィアは待機時間ができたので、他の傭兵部隊の女性隊員たちが手伝いとしている医療班がいるテントに入った。

 そこでは軍医のザービンコワが指導して、応急処置の方法を教えているところだった。ソフィアもそれに加わる。

 今のところ、作業をしている兵士たちに大きなけがをしたものは居ないが、坑道に閉じ込められている人たちが救出されたら少々忙しくなりそうだ。


 さらに、数日が経った。その間も救出作業は続く、坑道はさらに掘り進められているが、まだ閉じ込められている坑夫たちの救出には至っていない。

 そうした中、コークマッツにマイヤーとソフィアが呼び出された。

 コークマッツは深刻な表情で話し始める。

「少し問題が発生した。兵士たちが今掘り進めている坑道の奥を調査したところ、見覚えのない穴がいくつが発見された。それは、明らかに坑夫たちが掘ったものではないようだ。穴の大きさが少し小さく、掘り進め方も荒い。それで、わが軍の兵士たちにその穴の奥のほうを探索させたが、予定の時間になっても戻ってこないものが数名いる」

「それは、どういうことですか?」

 マイヤーが尋ねる。

「いや、全く分からない。なぜそんな穴が開いているのか。そして、行方不明となっている兵士の捜索も先ほど始めました」。

 コークマッツは不安そうに腕組みをして、話を続ける。

「坑道を掘り進む作業はこれまで通り続けております。お二人はこれまで通り任務をお願いしますが、危険があるかもしれませんので、元々の坑道の奥の方へは行かないでください」

「わかりました」

 マイヤーとソフィアは同時に返事をした。


 ソフィアは一旦テントへ戻り待機をする。そして、自分の担当の時間になると、先ほどの説明された新しく掘り進めている坑道の方に向かった。

 坑夫や兵士たちが土砂を次々と運んでいく横を通り、松明の灯りの中、足元に注意をしながら坑道の奥へ進む。

 中に居たマイヤーと交代する。

 ソフィアは索敵魔術を使う。今日と同じように閉じ込められている坑夫たちの存在が感じられた。ソフィアは坑夫たちに方向を指し示して、掘り進めるように指示した。


 幾度となくこの繰り返しをして、自分の担当の時間が終わり、コークマッツと後退した。

 特段、何事もない退屈な作業であった。


◇◇◇


 翌日、ソフィアは、今日も自分の担当時間となったので、いつもの坑道の方へ向かう。

 坑道の入り口でマイヤーとすれ違い、敬礼をして坑道の中へ入る。

 コークマッツが率いる王国軍の兵士たちは坑道のさらに奥へ進み、謎の穴と行方不明になっている兵士たちの捜索をしているようだった。


 ソフィアが坑道に入り数時間が経っただろうか、坑道の奥の方から叫び声が聞こえた。ソフィアと作業中の兵士たち数名がそちらの方に向かう。

 すると、暗闇の中からベラトと兵士二人が現れた。コークマッツは両側から兵士に抱えられている。大けがをしているようだ。

「大丈夫ですか?!」

 ソフィアは大声で叫んだ。

 コークマッツは苦し気に答える。

「この奥で、化け物に遭遇した」

「化け物?」

「そいつに仲間が何人もやられた」

 兵士の一人が言う。

「早く外へ連れ出して、医者に見せないと」

「ここは危険だ。一旦、坑夫たちも作業を中断させて、外へ」

 コークマッツはそう言って他の兵士たちに作業中断の命令を伝えるように言った。

 坑夫たちはあわただしく、外へ向かう。

 コークマッツやソフィア、兵士たちはそれを見届けると、続いて外へ向かおうとした。


 その時。


 突然、ソフィアが進んでいた先の坑道の天井が大きな音を立てて崩れて来た。

 ソフィアはとっさに坑道の奥の方に体を投げ出した。


 しばらくして、天井の崩れる音がなくなった。もう崩落は止まったようだ。

 ソフィアは立ち上がった。近くの松明の灯りは消えてしまっている。暗闇の中、ソフィアは火炎魔術で手のひらに火の球を作り、灯りの代わりとした。

 あたりは、砂ぼこりが立ち込めていて視界が悪い。ソフィアは見通しがきくまでしばらく待った。砂ぼこりが落ち着いたところで、壁に取り付けてあった松明を手にする。手のひらの火の玉で松明に火を灯し、改めて辺りを見回す。

 すると、コークマッツがうつ伏せで下半身が埋まっている状態で倒れているのが見えた。

 ベラト以外の他の兵士たちの姿は見えなかった。おそらく土砂に完全に埋まってしまったか、出口の方へ逃げて助かった者もいるかもしれない。


 ソフィアはコークマッツに駆け寄る。

「大尉! 大丈夫ですか?」

 コークマッツは顔を横にして、かすかな声で答えた。

「足の感覚が…、無い」

「今、土砂に埋まってしまっています。すぐにどけますので待ってください」

 ソフィアは手で土砂をどけ始めるが、すぐに土砂以外にも大きな岩がベラトの下半身に覆いかぶさるように乗っているのがわかった。

 この大きさの岩をソフィア一人ではどうにもすることができない。


 次にソフィアは、まず外へ出て、応援を呼ぶことを考えた。しかし、外への坑道は土砂と岩で完全にふさがれている。他に外へ抜けるルートは無いのだろうか?

 ソフィアはコークマッツに話しかける。

「応援を呼びたいのですが、坑道がふさがれて外に出ることができません。他に外に出るルートはありませんか?」

 コークマッツは苦しそうに答える。

「ある。私の胸のポケットに坑道の地図がある」

 ソフィアはうつ伏せになっているベラトの体と地面の間に手を入れて、胸のポケットをまさぐってみる。折りたたまれた紙を取り出すことが出来た。

 その紙を開いて見ると、コークマッツの言う通り坑道の地図が書いてあった。かなり細かく書かれている。それによると、坑道は網の目の様に掘られていることが分かった。

 ソフィアは自分たちが坑道の比較的浅いところで作業していたことを再認識した。


 ソフィアはさらに地図をよく見た。一旦奥へ進み、別に掘られている横の坑道を通れば、別の出口につながる坑道に到達するようだ。

 ソフィアは立ち上がった。

「では、応援を呼びに行きます」。

「待て」。コークマッツはソフィアを呼び止めた。そして、苦し気に話し始める。「別の坑道へは…、かなり奥まで…、進まないといけない…。奥は空気が薄い…、“潜水魔術”を…」

 コークマッツはそう言うと、ソフィアに向けて短い呪文を唱えた。

「これでいい」

 ソフィアは、自分に魔術がかけられた感覚が無かったが、ここはベラトの言うことを信じよう。

「魔術の効力は…、一日ほどだ」。

「わかりました。ありがとうございます」。

「後は…、謎の化け物が居る」

 そうだ、コークマッツは奥で化け物に襲われたと言っていた。

「それは?」

 ソフィアは尋ねた。

「特徴は…、人間より背が低く…、鋭い爪と、牙を持っている…。動きは素早い。それが何匹もいた…。気を付けろ」

「わかりました。では、助けを呼んできます。待っていてください」


 ソフィアは松明と地図を手に、坑道の奥へと進んでいった。

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