第4話 索敵魔術

 ダーガリンダ王国北部の首都ジェーハールセリエに向かう救助隊の一行の船三隻は、途中何事もなく無事到着した。港に着くと桟橋に傭兵部隊、帝国軍兵士が降り立つ。

 

 ダーガリンダ王国軍の代表者が現れて、帝国軍の今回の任務での隊長イーゴリ・レーピンと、傭兵部隊の隊長クリーガーが少し立ち話している。

 その話が終わって、しばらく経つと、この街からさらに一日掛かる落盤事故のあった坑道に向かうため、全軍が進軍を始めた。視線のさほど遠くないあところにあるボールック山脈が見えた。その麓にある坑道が目的地だ。


 夜、途中の平原で野営し、朝になり、さらに進軍する。

 そしてようやく救出現場である坑道の入り口が見えた。


 伝えられて来た情報によると、坑道のかなり奥で落盤。その先には三十名近くが閉じ込められて、その一部が生き埋めになってしまったという。幸いにも生き埋めになっていない者でも、窒息してしまうので、早く救出する必要がある。まずは何とか空気を送り込める穴を開けよう急いで作業しているそうだ。そして、さらに落盤の可能性もあり、二次被害が出ないように注意深く作業をしているという。

 ソフィアが坑道の入口に目をやると、王国軍の兵士と坑夫が数多く出入りし、土や岩を運び出しているのが見えた。皆、服に大量の土埃が付いていた。

 

 部隊は野営地を坑道入口近くに設営した。

 帝国軍と傭兵部隊は二つの班に分割し、入れ替わりに救出作業に参加することになった。早速、半分が救出作業に参加。残り半分は朝まで休息し、明日からの作業となった。

 これから作業する班は、傭兵部隊隊長のクリーガーが指揮を執る、明日朝から作業する班はレーピンが指揮を執る。


 ソフィアは明日朝からの作業の班となった。そうとなれば、早めに就寝して明日の朝に備えることになった。

 ソフィアは上着を脱ぎ楽な姿となって、傭兵部隊の女性兵士専用テントで仲間と横になった。


 ◇◇◇


 翌朝、ソフィアは目覚める。

 他の女性兵士達も起き上がり、準備を始める。


 テントの外を覗くと、昨夜と変わらず大勢の人々が坑道から土や岩を運び出していた。状況に大きな変動は無いようだ。

 ソフィアたちは準備が終わりテントを出て、そばの集合場所に向かう。

 朝から作業を始める交代要員の百名が集まっていた。ソフィアたちはそれに合流する。

 帝国軍のレーピンが前に立ち状況説明を始めた。

 救出のための作業は予定通り進んでいるが、生存者の安否が心配なので掘り進めるピッチを上げていくとのことだった。 

 女性兵士達は軍医らと共に救出された者が担ぎ出されてきたら、その対応に当たるということで坑道の中には入らないということだった。テントで待機する。

 次に、魔術師が別で呼び出されていた。

 ソフィアがテントに向かおうとすると、彼女の名前を呼ぶ者がいた。

 振り返って声の主を捜すと、少し先に、傭兵部隊の副隊長のエーベル・マイヤーが居た。

「ソフィア、君は魔術が使えるだろう。魔術師の一人として頭数に数えるから、こちらに来てくれ」

 ソフィアはマイヤーのところへ向かう。

 傭兵部隊と帝国軍所属の魔術師が合わせて十数名ほどが集められていた。

 その前に一人、ダーガリンダ王国軍の兵らしき人物が立っていた。


 彼は自己紹介を始める。

「私はダーガリンダ王国軍所属の魔術師トゥガイ・オズカン少佐です。これより、皆さんには、坑道内で有用と思われる特殊な魔術をお教えしたいと思います。初歩的なものなので、すぐに扱うことができるでしょう」

 そう言うと別の兵士がファイルを配り始めた。

 ソフィアはファイルを受け取ると、それを開いてみた。間には魔術書の一部が切り取られて挟んである。その内容は索敵魔術であった。先日、エミリー・フィッシャーからも聞いていたので、どのようなものかは一応知っていた。

 オズカンの指導の下、ソフィアと魔術師たちは索敵魔術を試してみる。

 ソフィアはファイルに書いてある短い呪文を唱えて精神を集中する。すると、辺りにいる兵士たちが、何かの感覚として存在が感じられた。感知できる距離は最大で数十メートルほどだが、坑道内に閉じ込められている人の事を感知する助けとなるだろうとのことだった。

 少し時間を割いて訓練し、全員が索敵魔術を扱えるようになったので、元の各所属の部隊に戻って行く。

 ソフィアも戻ろうとしたとき、再びマイヤーが声を掛けて来た。

「実は、現在、作業している坑道が大きな岩で遮られていて、それを少しずつ削り取って壊そうとしているのだが、かなり時間がかかりそうとのことだ。そちらの作業も続けるが、近くの別の入り口がある坑道から、坑夫が閉じ込られていると思われる場所まで新たに掘り進んでいこうということになった。それは、未明から作業が開始されているそうだ。私たちはそちらの方に行って、魔術で支援することになった」

「わかりました。お供いたします」


 ソフィアとマイヤーは別の坑道へ向かう。

 そちらの坑道の入り口でも、多くの坑夫と王国軍兵士が出入りし、土砂を運び出していた。

 入り口近くに、王国軍の士官らしき人物が立っていた。

 マイヤーはその人物に敬礼して声を掛けた。

「帝国軍所属、傭兵部隊副隊長で魔術師のエーベル・マイヤーです。こちらは同じく魔術師のソフィア・タウゼントシュタイン」

 ソフィアも敬礼する。

「私は公国軍の北部方面部隊所属の魔術師ベラト・コークマッツ大尉と言います」

 コークマッツは敬礼して応えた。

「早速、こちらの坑道をお願いしたい。未明に掘り始めたばかりです。二十四時間休みなく掘って、うまく行けば三、四日ほどで閉じ込められている坑夫たちがいるところまで到達できると予測しています」。

「具体的に何をすれば?」

 マイヤーは尋ねた。

「簡単です。掘り進んでいる先頭あたりまで行ってもらい、定期的に索敵魔術を使う。そして、閉じ込められている坑夫たちの方向を示してほしいのです」

「なるほど、とても簡単ですね」

「そして、とても退屈そう」

 ソフィアが呟くような小声で付け加えた。それは、マイヤーやコークマッツには聞こえなかったようだ。


「とりあえず、案内します」

 そう言うとコークマッツはマイヤーとソフィアを先導して坑道に入る。

 坑道は人がかろうじてすれ違う事の出来る幅で、高さギリギリかがまなくて良い高さであった。壁に等間隔で松明が取り付けてあったので、中の様子は良く分かった。

 そして、中は少しひんやりとしている。外にいるよりかは過ごしやすそうだ。

 坑道内では何人もの坑夫たちが並んでいる。彼らは土の入った樽を外に次々とリレーで渡して、外の方へと運んでいく。


 ソフィアたちは足元に気を付けながら、坑道を三十分近く進み、結構奥まで進んだできた。

 そこで、新しく掘られた狭い横穴に入る。さらに十分ばかり進んだだろうか、ようやく、掘り進められている横穴の先頭にたどり着いた。

 数人の坑夫がシャベルを使って土を掘り進んでいた。


「試しにここで索敵魔術を使ってみてください」

 コークマッツがそう言うと、マイヤーとソフィアは呪文を唱えた。

 ソフィアは近くにいる坑夫たちだけでなく、壁の向こう側にいる人間を感じることが出来た。数十人は居るだろうか。しかし、まだ大分先のようだ。

 掘り進んでいる方向は大体合っているようだ。ソフィアがマイヤーの方を見ると、彼も同様に感じたようだった。

 コークマッツは二人がうまく索敵魔術を使えるのを確認すると、満足げに頷いた。そして、一旦、坑道から外に出る。


 坑道から外に出ると、コークマッツが話し出した。

「ここの坑道を我々三人で交代で担当します。まずは、お二人の内のどちらかにお願いしたい」

「では、私が先に参ります」

 マイヤーが手を挙げた。

「お願いします」

「私は?」

 ソフィアがコークマッツに質問した。

「待機していてください。八時間後、時間になったら坑道に入って彼と交代してください。あなたが入ってから八時間後、私が行きますので、その時は私と交代します」

「わかりました」

 ソフィアは返事した。これは、退屈な時間が続くなと、この時はそう思った。

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