第3話 作品発表会

 卒業式当日、文芸部の部室に行った俺は、死んだ筈の美琴と再会した……と思いきや実はそれは幼女の姿をした神様で、挙句幼女に「過去に行って琴美を助けないか」と提案され、それを了承。その後眩しい光を浴びせられて眠ってしまった俺、赤井空(あかいそら)は今、夢の中にいた。


 真っ暗な世界でふわふわと体が宙に浮いている。これがなんだか気持ちいい。というか、


「パニクってたとはいえ、幼女可愛いってはしゃぐのは、さすがにないよなぁ、、」


 白先輩になんて思われていただろうか。まぁ、中学からの長い付き合いなのであまり気にしてはなさそうだが。あれが俺なりの現実逃避の仕方なのだと理解してくれてる筈だ。多分。いや、多分。


 そんなこんなで少し時間が経った後、光に包まれて目を覚ました。



「え? 」



 そこは昔いつも見ていた光景。もう絶対に見れないと諦めていた光景。俺の隣には白先輩、向いには美琴と美羽先輩、豊中はお茶を汲んでいた。


「ちょっと白! どうして昨日は部活来なかったのよ! 」


「うるせぇなぁ、昨日は用事だって言っただろ? 」


「う、うるさいですって!?  」


 美羽先輩と白先輩がいつものように痴話喧嘩をしている。美琴は本を読んでいて、豊中は痴話喧嘩を見て苦笑を浮かべながらお茶を持ってきてくれる。


 ここは、文芸部の部室。どうやら俺は帰ってきたようだ。驚きなどはなく、ただただ感動した。まさか本当に過去に戻って来られるとは、、夢みたいだ。


 目の前には美琴がいる。あまりの感動に段々と目頭が熱くなり


「美琴……? 」


 思わず立ち上がって名前を呼ぶ俺。そんな俺を不思議そうに見上げる美琴。美羽先輩もギョッとした目で俺を見る。


「え? どうして名前呼び……? 」


「え、あ、いや、、」


 ん? まだ名前で呼ぶ前か? という事は俺は一年生……?


「空、ちょっといいか? 」


 白先輩が、喧嘩相手がようやく来たかのような目つきで俺に問いかける。


「あ、はい」


 間の抜けた返事をした後、二人は廊下に出た。


「空」


「はい」


「お前、今何歳だ? 」


「何歳に見えます? 」


「いいから真面目に答えろ」


 いつものふざけた感じではなく、とても真剣な顔で俺を見つめる白先輩。


「えっと、、実際は18ですね、、」


「はぁぁ、、」


 白先輩は安堵のため息をついた後、


「良かったぁぁぁぁ、俺一人で飛ばされたのかと思ったぁぁ、お前遅いんだよまじふざけんなよぶっ飛ばすぞ! 」


 心底嬉しそうに俺の胸ぐらを掴む白先輩。


「えぇぇ、なんか、すんません」


「あ、いや、悪い」


 胸ぐらを掴むのを辞め、ゴリラのようにしゃがむ白先輩。


「ほんと、まじでよかったよ。お前が記憶を取り戻して」


「どれくらい待ったんですか? というか今いつですか? 」


「三ヶ月くらいだな。今は六月だ」


「六月? って事は先輩、今何年生ですか? 」


「二年生だな。どうやら、三年前に飛ばされたらしい」


「三年前ですか……結構前に飛ばされたんですね。でもなぜでしょう? 美琴達が亡くなる直前じゃダメなんですかね? 」


「しらねぇよ、そんなもん」


「それもそうですね」


 それから、白先輩は今までの経緯を話してくれた。どうやら先輩だけ始業式で始まり、俺に何度も過去のことを説明したが信じてもらえず、一人で美琴達を助けようとしていたそうだ。美琴が亡くなるのは今から約一年と半年後。それまでに色々準備できそうだが、その前に俺達は数々のトラブルを解決しなければならなかった。


「いやぁ良かったぁ。これであの事件もお前と一緒に対処できるな。」


「あーあれ、ですか。懐かしいですね。」


 あの事件。俺と白先輩にとっては三年くらい前の7月初旬の事件のことなのだが、今でも鮮明に思い出せる。それは、美琴にまつわる事件だ。


 美琴は中学の時からかなりモテていたらしく、告白されては振ってを繰り返していたそうなのだが、10回目を超えた辺りで他の女子から嫉妬され、友達から距離を置かれていたらしい。そのことに嫌気がさした美琴は、次に告白してきたヤンキーと付き合うことにするのだが、すぐに別れてしまう。


 その後、なんとヤンキーはこの高校に入学し、事あるごとに美琴にちょっかいをかけていたらしい。


 七月初旬。ヤンキーがもう一度告白しようと校舎裏に美琴を呼び出すのだが、美琴はそれを無視し、部活に来ていた。


 そこへヤンキーが四人仲間を部室に連れてきて大暴れ。後から白先輩が部室に来てヤンキー五人をボッコボコにして、先輩とヤンキーは無期停学処分を下されてしまう。因みに俺は白先輩が来た後にヤンキーをぶん殴ったのだが、一週間の停学で済み、その時に美琴から名前呼びの特権を手に入れたというわけだ。


 あの時部室にいた俺は、白先輩が来るまでは何もできなかったのだ。その悔しさが、今もまだ残っている。


「あれは、何としてでも事前に食い止めねぇとな」


「そうですね」


「まぁ、この話は後だ。お前も早く美琴の顔を拝みたいんだろ? 」


「やめてくださいよ白先輩。さっきの見てたでしょ? 俺めっちゃショック受けたんですから」


「うん、まぁ出会って三ヶ月でいきなり名前呼びは、美琴にとっては気持ち悪いだろうな」


「え、というか白先輩は美琴の事名前呼びなんですか!? 」


「まぁな」


「くそっ」


 さすがは女たらしのスペシャリスト。名前呼びなんて挨拶みたいなものか。


「入るぞ」


「はぁい」


 俺と白先輩は、再度部室のドアを開ける。部屋に入ると、美羽先輩が美琴の髪を三つ編みにしている最中だった。


「おかえり〜。どう? 美琴、可愛くない? 」


 座っている美琴の後ろで髪を束ねる美羽先輩が、俺達に訪ねてきた。


「おい、聞かれてんぞ空」


「俺っすか!? いやまぁ、い、いいんじゃないですかね」


 俺が下を向き、照れながらそう言うと白先輩が俺の脇腹を小突いてきた。美羽先輩は「えー反応薄いなぁ、」 と少し拗ねていた。


「ダメだなぁお前は」


「うるせぇですよ」


 悪態をつきながら席に座る俺達。席には冷たいお茶が置いてある。豊中が淹れてくれたお茶だ。「あ、お茶ありがとう。」 と豊中にお礼を言うと、「う、うん。」と嬉しそうに笑った。


 お茶を飲んでいると、美羽先輩が席につき、手を合わせ、


「よし、じゃあ今日の活動を始めましょうか! 」


「え、なんですか? 今日の活動って」


 普段の文芸部にはあまり決まった活動はなく、お茶を飲んで喋ったり本を読んだりするくらいなので、活動を始めるなんて珍しい。


「あれ? しらない? 」


「えー、あー、何でしたっけ? すみません、、 」


 あ、やばい。なんか宿題忘れてきたみたいな雰囲気になっている。


「ん、あーあれだな。俺が一昨日言ったやつだな」


白先輩が、すかさずフォローを入れる。


「小説のタイトルとあらすじを考えて発表するんですよね? 」


教えてくれたのは豊中だ。


「そうよ! もしかして空くんは考えてきてない? 」


「すみません、、」


「ううん、いいのよ全然。気にしないで? 」


 美羽先輩が優しい口調で慰めてくれた。すると白先輩が、


「あ、すまん俺もやってきてないわ」


「何でやってきてないのよ! 」


「俺も気にしなくて大丈夫か? 」


「大丈夫じゃないわよ! あんたが言い出したんでしょうが! 」


 美羽先輩が楽しそうな、厳しい口調で白先輩を責め立てる。


「まぁ冗談だけど。さっ、誰から発表するんだ? 」


「私から良いですか? 」


 提案したのは豊中だ。


「じゃあ、明里ちゃんからね。」と美羽先輩。


「はい、では」


 豊中はそう言って立ち上がり、


「タイトルは、えっと、、」


 初めの勢いは良かったものの、顔を赤らめて固まってしまう豊中。落ち着いて深呼吸をし、唾を飲み込む。


「週末の勇者、です、、物語は、その、異世界物なんですけど、世界を救う為に日々戦う勇者アランが、休みの日に妻のトアとご飯を食べたり、その、子供を作って家庭を持つ、みたいな話です」


「おぉ、」


 みんなが感嘆の声をもらし、拍手する。豊中は顔を赤らめながら席についた。


「豊中は異世界物が好きなのか? 」と白先輩。


「最近は、そうですね。空くんにライトノベルを貸してもらってハマったんです」


 え、俺が貸したのか!? 全く覚えてない、、あーでも昔貸したような、、?


「それにしても面白そうなあらすじだったわね。美琴もそう思わない? 」


「えぇ、そうね。豊中さんらしいわ」


 美琴は自分には理解できないと言った感じでそう言った。


「じゃあ次は白、お願いできるかしら? 」


「おう。まかせろ」


 白先輩は自信満々に立ち上がり


「えータイトルは、盲目な彼女、ですね。まぁあれですね、目の見えない女の子と、その子を好きになった主人公の物語ですね。二人は付き合うんですけど沢山の困難が待ち受けてる、みたいな」


「へぇ、」


 恥ずかしそうに慣れない敬語で話す白先輩に、またもや感嘆の声が上がった。


「それ、お母さんに考えてもらったんですか? 」


「お前、ふざけんなよ!? 」


 茶化す俺に笑いながらツッコミを入れる白先輩。そこで美羽先輩が、


「ふむふむ、白にしてはなかなか良いんじゃない? 因みに私、結構目が悪いのよねぇ、」


「へー、大変だな。はい、次。」


 何もかもわかった上で適当にあしらった白先輩と、そっぽを向いて膨れっ面になる美羽先輩。だが白先輩もよく見ると顔が赤くなっていた。


 次に名乗り出たのは美琴ではなく膨れっ面を無理やり元に戻した美羽先輩だった。


「次はじゃあ私ね。 タイトルは、水と紙、ね。水が紙を好きになるんだけど、触れると濡らしてしまう、みたいな。どうかしら? あれ、変? 」


 あたふたしながらみんなに意見を求める美羽先輩。そんな姿を見てついに白先輩が噴き出した。


「はははっ、いいんじゃないか? 美羽らしくて。」


「そ、そうかしら、えへへ」


 美羽らしい、というのが褒め言葉なのかはわからないが、、


「私も好きよ、姉さん。さて、次は私の番かしら? 」


 美琴が立ち上がる。なんだか表情がいつもよりほんの少しだけ暗い。まるで自分の心を踏み潰したかのような、そんな表情だ。美羽先輩が心配そうな顔で美琴を見つめる。


「タイトルはそうね、善人の終末、かしら。物語は、えっと、ある良い人が赤の他人を助けようとして死ぬ、みたいな話よ」


 美琴は、今考えたかのように辿々しく話した。まるで何かを伝えたかったかのように、俺達を見つめながら。


「うーん、なんか、意味がわからんな」


 白先輩が、俯いきながら暗いトーンでそう言った。


「赤の他人を助けて死ぬってそれ、友達じゃダメなのか? 」


「ええ、赤の他人ですもの」


「他人ってお前、」


「まあまあいいじゃない物語なんだし! なに不機嫌になってんのよ白! 」


 何故か不機嫌そうに美琴の物語に文句を言う白先輩をなんとか宥(なぐさ)めようとする美羽先輩。白先輩はなおも不機嫌そうに「いや、別に。」と返した。


 部室の中が静まり返る。実際には五秒ほどだったが、俺には永遠に続くように感じた。そんな中


「俺、帰るわ」


「え、ちょっと白! 」


「すまん」


 そう言って部室から出て行く白先輩。「すみません俺も帰ります。」と言って俺も部室をでて、白先輩を追いかける。


 何故白先輩が不機嫌だったのか、この時の俺には知る由もなかった。


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