第4話 赤の他人

 先輩の後を追って部室を出た俺は、機嫌の悪そうな顔をした白先輩に事情を聞くべく、下駄箱で靴を履き替える。既に靴を履き替えて早足で外に出て行く白先輩を、駆け足で追いかけた。


「どうしたんですか白先輩! なんで帰っちゃうんですかっ! ってか、え、もう、なんで帰っちゃうんですか! 」


 白先輩は俺の事など見向きもせず、ただ前を見て歩いていた。


「いやおかしいでしょ、美琴がなにかしたんですか? ねぇ、白先輩! 」


 白先輩が鬱陶しそうな顔で俺を睨んでくる。「あーもううるせぇ」とでも言ってきそうな顔だ。


「あーもううるせぇ! 」


 本当に言ってきた。


「そりゃうるさいですよ俺は! で、なんで帰っちゃうんですか!? 」


「何回聞くんだよそれ、一回で聞こえてんだよ! 」


「じゃあ一回で教えてくださいよ! 」


「あーもうわかったから黙れ! 」


 俺のことを鬱陶しく思ったのか、いつもより威圧感のある声をあげる白先輩。


 俺は、そんな彼にもう一度問いかける。


「で、なんで帰っちゃうんですか? 」


 俺の問いかけに、白先輩の目が一瞬光を失ったように見えたが、すぐに取り戻し、


「美琴の物語あるだろ? あれは俺に言ってたんだよ、完全に」


「え? 」


 美琴の物語、とは赤の他人を助けるのがどうとか言うやつだろうか。


「俺昨日さ、先生に話したんだよ。美琴が悪いやつに絡まれてるから注意して見ててくれって。そしたら先生、何かされてるの? って言うから、これからされるかもですって言ったらさ、笑われたんだよ」


「そりゃ笑われますよね」


 俺は苦笑いで先生に同情した。


「で、多分その事が美琴にバレたんだと思う」


「あぁ、」


 つまりは美琴の担任の先生(美琴とは2年連続で同じクラスなので俺の担任でもある)にヤンキーの事を相談したことが美琴にバレたわけか。そして、それを余計に思った美琴が遠回しに、やめてくれと伝えてきたわけだ。やめてくれと言われるだけならまだいいが、赤の他人という言葉に、白先輩は傷ついたのだろう。


 俺の一年の担任の先生は女性の先生で、歳は三十代前半。眼鏡をかけた黒上ロングの美人で、いかにもできる大人の女性って感じだ。因みにヤンキーの名前は全く覚えていない。外見はツーブロックの髪に育ちの悪そうな顔つき、着崩した制服、それなりに高い身長に喧嘩慣れしてそうな体つきだったような気がする。


「そんで、先生と一時間話し合って、その、なんだっけヤンキーの名前、、まぁいっか。そのヤンキーが何か美琴に悪さしないか注意して見ててくれることになった」


「おぉ、やりますね」


「でもあんまり意味なかったかなぁ。美琴が告白されそうになる日に事件は起こるわけだし。それを未然に防ぎたいんだけど、先生に見てもらったくらいじゃ防ぎようがねぇ」


「いや、そんなことないと思いますよ? 実際あのヤンキー、教室でしょっちゅう美琴にちょっかいかけてますし。まぁ、根本的解決になってないことに変わりはないですが」


「だよなぁ……さて、どうするか。」


 白先輩が下を向いて黙り込む。俺も一緒になって考えていると


「そうだ! いいこと思いついた! 」


「なんですか? 」


「お前が美琴と付き合えば解決だ! 」


「何でそうなるんですか! 」


「いや、まじまじ。お前と美琴が付き合えば、ヤンキーが告白することもなくなるだろ? それにお前は美琴の事好きなんだから、何の問題もない。」


「問題しかありませんよ! 今はまだ名前で呼んだだけで『どうして名前呼び? 』って聞かれるような仲なんですよ? どうやって付き合えばばいいんですか! 」


「そんなの簡単だ。告白するときに、まずは名前呼びからお願いしますって言っておけ」


「言えるか!! 」


 と、つっ込むと同時に、俺は足元にあった石を蹴る。もちろん、前に誰もいないことは確認済みだ。


「告白はできないにしても、ヤンキーの事で悩んでるはずなんだから、相談に乗ってやったらどうだ? もしかしたら好感度上がるかもよ? 」


「そう言うもんですかねぇ? 」


 しみじみと、夕日を見つめていた。ふと、明日美琴に声をかけた場合の事を考えてしまう。やっぱり、彼女が出来たこともない俺が、美琴の相談に乗っている光景が頭に浮かんでこない。


「焦んなくて大丈夫だ。最近嫌なことでもあったのか? って聞いてみればいいんだよ。じゃ、俺こっちだから」


 そう言って右に曲がる白先輩。左には小さな公園があり、まっすぐ行けば左手にコンビニが見えるこの十字路で右に曲がって少し歩いたところに白先輩の家がある。


 俺の家はこの公園で左に曲がって少し歩いた場所だ。高校が家から徒歩15分圏内にあるため登校時間に余裕がある日は自転車ではなく、二人とも歩いて学校に向かうことが多い。


 もう少し白先輩と話したい気持ちもあったが、お互い疲れていたので、俺も「はい。また明日です」 と返して家に帰ることにした。


☆*°


 家に帰る前にコンビニでアイスを買う。パリッとした食感のモナカの中にバニラアイスが隠れている、バニラモナカアイスだ。


 家はマンションの六階。3LDKと割と広い家に、母と妹と三人で暮らしている。母は父と離婚したあと、何故か女優になったため、家にはあまり帰ってこないことが多い。妹も母の影響で中学一年生の頃から子役としてデビューしている。


 妹が中学三年になった今では親子で共演しているドラマがあるくらいだ。もう一人、姉がいるのだが、二十歳になって彼氏と同居を始めた為、今は家にいない。無論、三年前である『今』の話だ。


 家に帰ると、リビングで妹がお高いソファーに座り、大型のテレビを見ていた。


 俺が帰って来たことに気付くと、妹は立ち上がって振り返り、


「おかえなさいませ、兄上」


 ペコリとお辞儀をしてそう言った。


 黒髪ロングのポニーテールが胸上くらいまで垂れ下がる。大きな目に幼い顔立ち。俺より一回り小さな身長で華奢な身体をしているが、中学三年生にしては胸がそれなりに膨らんでいる。そんな妹の外見は、兄の俺から見ても美少女だと思う。


 そんな妹は夏祭りでも無いのに家の中で袴姿になり、演技染みた挨拶をした。せっかくなので中学の制服姿を見たかったのが、残念だ。


「ただいま、奏」


 奏(かなで)とは妹の名前だ。


「お食事の用意が出来ております。ささ、こちらに」


 そう言ってテーブルに案内され、妹と向き合って座った。テーブルには食事はおろか、何も無い。それでも妹は手を合わせ


「いただきます」


 妹は何も無いテーブルの上で食事をしているかのような演技をしている。そう、これは演技である。妹は出演中の役になりきって家にいることが多く、毎日のように演技に付き合わされるのだ。今妹が出演しているのは江戸時代が舞台なので、その役になりきっているのだと思われる。


「妹よ」


「何でございましょう」


「いただきますって昭和から定着したそうだぞ」


「何ということでしょう」


 さっきまで無表情だったのが打って変わり、慌てた表情になる。その後箸を置くような動作を行なった後、一気に素に戻り、天を仰ぐ。


「もういいや、やめやめ」


「なんだ、もういいのか」


「お兄ちゃんが余計なこと言うからもういい」


「お兄ちゃんのせいかよ……」


「そんなことより、それなに? 」


 そう言って俺が持っていたアイスを奏が指で指した。


「あぁこれ、バニラモナカ」


 袋からアイスを取り出して奏に見せる。アイスを見た奏は目を輝かせた後、可愛い顔を作り


「お兄ちゃん! 学校お疲れ様! 奏、お兄ちゃんが帰ってくるまで寂しかったよ〜」


「嘘をつけ! 」


「ほんとだよ、お兄ちゃん」


 うるうると瞳を揺らし、上目遣いで俺を見つめる奏。そのまま立ち上がって近付いてくる。


「寂しがりの奏には、お兄ちゃんのアイスが必要なのです」


「そうか」


 そう言って俺はアイスを奏から見えないように後ろに回す。


「お兄ちゃん? 」


「なんだ」


「いいから早くよこせよ」


「こわっ! 」


 可愛い子犬系妹から、ヤンキー妹に変わる奏。演技力が凄まじいので、思わず恐怖心が芽生える。


「もういいよ、アイスくらいでなんだよ、だから彼女出来ないんだよ、お兄ちゃんは」


「お、お兄ちゃんにも彼女がいるかもしれないだろ! 」


「いや、居ないね」


「妹が冷たい、、アイスだけに」


 冷ややかな目線を向けてくる奏。まるでアイスのように……(笑)


「面白くない」


 時が止まり、まるで部屋が凍てついたかのような感覚に陥る。少し間が空いた後、居た堪れない気持ちになった俺はアイスを奏に見せ、


「奏、アイス……食べるか? 」


「ありがとうお兄ちゃん! 冷凍庫にしまっておいてね」


 満面の作り笑顔を浮かる奏。やれやれ、俺の妹がこんなに可愛くないわけがない。


 とりあえずアイスは冷凍庫に仕舞い、冷蔵庫を開ける。いつも夜ご飯を作るのは俺の仕事なのだ。


「奏、今日何食べたい? 」


「今日楽屋の弁当食べたからいらない」


「そっか」


「じゃあ、私部屋戻るから」


「あぁ」


 そう言って奏はリビングを出て行った。俺は野菜炒めと味噌汁、シャケのバター焼きをおかずに白ご飯を食べ、部屋に戻った。


 三年前に戻ったというのに、部屋は三年後とあまり変わらない。ただ、本棚にはもう読み終わった小説や漫画がずらりと並んでいたのが、かなり残念だ。


 姿鏡を見て、三年前の俺を見つめる。少し幼い印象はあるが、そこまで変化は無いようだ。しばらく自分を見つめてからベットに座り、


「ふぅ」


 これまでの疲れを吹き飛ばすように、息を吐いた。

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