第14話 アンバランサー
池田さんの指示を踏まえて、早急にこのプロジェクトの動かし方を見直さなければならない。ぼんやりと今後のプロジェクトの進め方について考えていたものの、やはり不安は拭い去れなかった。それには、このプロジェクトの担当役員である加賀武の存在も大きく影響していた。
「やあ。どうだい、調子は?」
池田さんとのミーティングを終えて席に戻ると、加賀さんが僕のデスクに寄りかかるように腰掛けていた。噂をすれば(実際は僕の頭の中で懸念していただけだが…)、不安の波の襲来だ。早速、彼は僕の前に大きな懸念要素として立ちはだかっていた。彼がデスクに寄りかかったことでバランスが崩れ、飲みかけのコーヒーカップが今にもデスクから滑落しそうだったのだ。
「加賀さん、ちょっとそのままでいてもらっていいですか?」
彼は状況を察せず、きょとんとして微動だにしなかったが、僕はそそくさとコーヒーカップを救助し、まだ残っていて不味くなった冷たいコーヒーを飲み干した。そんな僕の苦労は知りもせず、彼は言った。
「大変だったみたいだね、大丈夫?」
どうやら先ほどのミーティングの顛末は、既に加賀さんにも伝わっているらしい。しかし、普段プロジェクトの仔細に興味を示さない加賀さんが、自ら情報を取りに行くとは思えなかった。きっと誰かが告げ口したのだ。まったく、口の軽い輩もいるものだ。口に気球でも付いているんじゃないだろうか。声と同時に放出される空気で気球が社内を飛び回り、あることないことを風評として撒き散らしているイメージが浮かび上がってきた。恐らくここで事細かに弁明を重ねても、事態は好転しないだろう。僕は当たり障りない対応でやり過ごすことに決め、加賀さんに反応した。
「そんなことないですよ。単に初動の連携がうまくいってなかっただけです。それによって皆さんにご迷惑をお掛けして心配させてしまい、申し訳なく思ってます」
加賀さんはしめしめとでも思ったのか、僕の傷口を抉って観念させ、自分の袂に取り込めないかと思案しているようだった。そんな暇があるなら会社の給料を泥棒している自分を戒めて、成果のひとつでも上げてみろと心の中で睨みつけながら様子を探った。
加賀さんは、先ほどのミーティングの実態にかなり大袈裟な装飾を施した話を僕に聞かせた。確かに話の大筋は合っていたが、そこに純度100%の悪意をブレンドするとこうなるのだろうという内容だった。ごくたまに、事実を歪曲して伝える人間が沸いて出るのは知ってはいたが、そういう人はどういう思いで日々生きて、事実を歪曲しようとするのだろうと不思議に思った。
「そんな話になってるんですね。ちょっと大袈裟に伝わってますね」
加賀さんは何も言わずに含み笑いをしていた。彼が何も言ってこないことを確認して、僕はその先を続けた。
「裏が取れてるのかどうかわからない話を流した人が、僕たちを貶めたいのか、単に面白がって考えなしにペラペラ喋ってるだけなのかは知りませんが、加賀さんほどの人がそんな話を真に受けないで欲しいですね」
ぐむっ、という加賀さんの押し黙る声が聞こえてきそうだった。彼は苦虫を噛み潰したような表情で立ち竦んでいた。僕は私生活ではあまり主張しない方かもしれないが、仕事上では闘うべき時は闘うのだ。
「加賀さんはこのプロジェクトの担当役員としてドシッと構えてて下さい。そうしていただくことで僕も不安なく動き回れるので」
きっと、軽い気持ちでマウントでも取ってやろうとやって来たのだろう。このまま返り討ちにもできたが、僕は最後に手を差し伸べることにした。人は十あるうち十攻められると敵対心しか残らない。十あるうち九攻めて、残りの一は逃げ道を残しておく方が良いのだ。完全に滅するよりも、少しだけ余力を残して自分の手駒にする方が後々得だからだ。
「まあ心配しないでください。先程池田さんともこちら側の体制や進め方のすり合わせをしたので、これから軌道修正していきます。次のミーティングに向けた楔も打ってあるので、準備ができれば大丈夫ですよ」
僕はそのまま先を続けた。
「あ、そうだ。今度ランチ行きましょうよ。近くに良い店を見つけたんですよ」
実際に行く気は微塵もないが、僕は建前で加賀さんをランチに誘った。
「そうだね。まあとりあえず真野くんが折れてなくて安心したよ。俺はいつもランチの時間は確保するようにしてるから、空いてる時いつでも言って」
加賀さんは振り絞るようにして応答し、去って行った。
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