第13話 誤魔化しが通用しない人と事柄
結局、次回までに僕と山崎で想定タスクを洗い出して、次回のミーティングですり合わせをするという結論となり、初回のミーティングは終了した。あれこれと要求や文句を挙げてきたところで、大抵の人は自分の仕事を増やされないように立ち回るものだ。僕は自分のデスクに戻る道中で山崎の方を振り返った。一応、先ほどのミーティングで手も足も出なかったことは堪えたようで、肩をすくめて歩いているように見えた。
「どうだった?」
僕は彼の心境を探るべく一声掛けた。
「ありがとうございました。ミーティングでの立ち回り方、すごく参考になりました」
当たり障りのない返答に、僕は彼の心理を測りかねた。彼はどう感じているのだろう。歩きながら探りを入れるべく次の質問を考えていると、彼はすたすたと自分のデスクへと戻っていってしまった。途中、資料の溶解ボックスに自分の作った資料を投げ込み、何事も無かったようにノートパソコンを広げた。彼は他の仕事に手を付け始めたようだった。僕の中で、どんどんと見通しが暗くなっていくのが感じ取れた。僕は自分の問題と向き合う時間を作りたいのに、最初からこれでは先が思いやられる。
僕は首を振って、先ほどの資料をデスクに広げた。すると、池田さんがやって来て僕を別室へと誘った。ミーティングルームに向かいながら、僕はこれから展開される話の大筋を想定していた。恐らく僕は叱責される。きっと、誰かが先ほどのミーティングの様子を告げ口したのだ。どこかのタイミングでこういうことが起こることは想定していたが、まだこの後のプロジェクト進行の素案が固まっていなかったので、議論になると分が悪かった。しかしここであたふたしても、妙案が浮かび上がる訳でもない。僕は、成り行きに任せて自分が伝えるべきことを念頭に置いて、別室の席に着いた。
「どうだった?」
席に着くやいなや、池田さんは僕に問い掛けてきた。僕は席に完全に腰を下ろす前だったので、戦闘体勢に入る間も無く虚を衝かれて一瞬狼狽えた。
「何が、ですか?」
僕は次の展開に備えるために、敢えてとぼけた質問を返した。彼は、そんなこと分かってるだろうという表情は浮かべず、至って普通に切り返した。
「ミーティングだよ。さっきやってたでしょ」
冒頭のやり取りは、彼にとって予定調和なのだろう。交渉や議論におけるおおよそのやり取りのパターンは彼の頭の中に整理されていて、書庫のような場所に保管されているのだ。この一コマは、その書庫のどこかから引っ張ってきた一例に過ぎない。
「そうですね。色々とありますが、一言で言うと準備不足でした」
「そうだろうね。で、色々って何?」
彼は、僕の撒き餌に食い付いたように見えた。僕は、敢えて回答の冒頭に色々という形容詞をつけた。これは彼の特性を鑑みた上でのことだ。彼は言葉の具体性を特に求める性質を持っている。なので、報告やプレゼンの際に形容詞やボヤッとした表現を嫌う。池田さんにとっては山崎の準備不足など既定路線で、それに対して僕はどう振る舞ったのか、という疑問への回答を求めていた。僕と山崎の社歴や経験を鑑みれば、そうなることは自明だった。僕はそれを見越して、僕の言い分がただの言い訳にならないように先手を打ったのだ。
「はい。僕自身のこともありますが、彼についても反省点はあるかなと」
僕は、山崎のことをこき下ろさないようにミーティングの顛末を報告した。
「でもそれを見越して、君が先回りするべきだったんじゃないの?」
報告を受けた第一声がこれだった。
「はい、僕もそうすべきだったと反省しています。ですが…」
僕はその先をどう伝えるか考えたが、事前に何も知らされていなかったことが全てだった。
「今回に関してはスケジュールに無理があったかなと思います」
「どうして?」
池田さんは間髪入れなかった。僕は返答に窮して、先程の発言の言い換えしかできなかった。
「先回りしてフォローする時間がありませんでした」
「だから、それはどうして?」
彼はいつも『それは何故か』を追求する。良い時も悪い時もだ。それは確かに、事象の要因を突き止めるために必要な作業ではある。しかし、このやり方は行う人と時と場合によって、過度に『自分のせい』の側面を切り取る形になってしまう。要因の特定はすべきだが、必要以上に自責の念に囚われて自分を卑下する必要はない。どうしようもない事情や状況も要因となり得るからだ。その時点での知識不足や対外的な事情など、即時に不可変なことすら自責で考えるのは不毛だ。自責すべきは自身の怠慢だ。しかし、このアプローチは人によって解釈が異なっていて、あるタイプ、およびある側の人間が行うと、すべてのことが本人の怠慢という結論に到達する。それが物理的に可能か不可能かは度外視してだ。そして、その人間がこのアプローチを取った場合、指示する側や周囲の怠慢という観点を取り払ってしまう。僕はやり切れない思いでこの時間を過ごしていた。何でもかんでも自責で済ませるというのはマネジメント側の責任転嫁じゃないかと思うし、極めて自己都合だ。しかし、現実にこうして物事は推進されている。僕はその現実に抗うかのように反論した。
「今日初回のミーティングが設定されていることを共有されていなかったからです」
しかし、この反論は池田さんの想定内の問答だったようで、即座に次の思考テーマが投げつけられた。
「そんなことは事前に把握しておくべきだったんじゃないの?」
どうやらまだ深堀されるようだ。もうこれ以上問答を繰り返しても無意味だった。
「流石にそれくらいは教えて欲しかったですね。プロジェクトのこと自体聞かされたのは昨日でしたし。昨日の今日で先回りしようとしても正直限界があるなと思います」
僕は観念して正直に心情を吐露した。
「え、俺のせい?」
今度は池田さんが突っかかってきた。僕は慌てることはなかったが、意図している内容と異なる解釈をされたため、仕方なく弁明した。
「いえ、そういう意味では。僕が教えて欲しいと思ったのは山崎に対してですが、もし池田さんも知っていたのなら教えてくれても良かったんじゃないかとは思いました」
池田さんは少し考えていたが、あまり表情は変えずに口を開いた。
「うーん、その辺も含めて任せたかったんだけどなあ」
僕はそれに対して何も言わず、口を横に結んで池田さんに正対していた。池田さんは、僕が何も言わないイコールもう言うことがないと判断し、先を続けた。
「俺が言いたいのはそれも見越して先回りすべきだったでしょ、ということ。彼の経験が浅いのは周知の事実でしょ? だから常識的に起こり得ないことも起こり得る訳で。だから担当した時点で先手を打つべきだったんだよ、即座に」
何とも腑に落ちなかった。確かにそれはそうだが、物理的な時間の制約もある。彼は昨日有給だったのだ。ここまで来るともはや運が悪かったとしか言いようがない。
「はあ。確かにそうかもしれませんが」
僕は彼の休暇のことは触れなかった。だったらもっと早く言ってくれれば良かったじゃないですか。とも言えなかった。このタイミングで言っても火に油を注ぐだけだ。すべて先に言っておくべきだったのだ。僕は自分の思考回路を猛省した。
「だからもう一回言うけど、それも見越してやって欲しい。この先のことも見据えて」
池田さんは僕の思考を推し量らず指示した。
「分かりました。改めてプロジェクトの進め方を見直します」
僕は素直にその指示に従った。
「特にこのプロジェクトに関しては、俺はいないものだと思ってやって欲しい」
池田さんはそう言って去って行った。最終的にこのミーティングは、僕がマイナスポイントを付与される会だったのか、発破と叱責を踏まえたアドバイスの会と額面通り受け取って良い会だったのか、分からないままクローズとなった。
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