第12話 有耶無耶スキルのプログレス

 会議室に入ると、まだ出席者の着席はまばらで、サービスの運用を担当する部門や管理部門の人間が部屋の座席を不等間隔に埋めていた。山崎は、ミーティングで配布する資料の整理をしていた。

「プロジェクターやモニターを使って映せば、資料を配ることなんてなかったんじゃないの?」

僕は、徒労に終わるであろう彼の作業を見かねて声を掛けた。山崎はハッと目を丸くして、この一言がさも画期的なアイディアかのような反応を示した。僕は、この先が更に不安になった。

「まあ、用意しちゃったんなら折角だし、書き込み用に配っていこう」

心にもないフォローをして彼の止まっていた時計の針をひと押しし、作成された資料をチラチラと眺めながら、まだ誰も座っていない席に配置していった。資料は新聞のように文字が敷き詰められており、一見何の資料なのかよく分からなかった。目を凝らして中身を読み解いていくと、どうやらプロジェクトの要件と概算スケジュールが記載されたもののようだった。僕は、これを見なかったことにして資料を配り終え、ミーティング進行のシミュレーションを始めた。大体の質問とこの時点ですべき回答をイメージしながら、山崎の隣の席に腰かけた。

 山崎はぼんやりと資料を見つめていた。資料を見ながらどのように説明するか思案しているのか、ただ単にぼんやりとしているだけで、たまたま視線が資料に落ちているだけなのかよく分からなかった。僕はじっと山崎の様相を眺めていた。山崎は何も聞いてこない。予定の時刻が近づいてくると、続々と出席メンバーが会議室にやってきた。

 おおよそのメンバーが集合したところで、ミーティングはスタートした。山崎は、配布資料のどこを見るべきかを指示しないまま、唐突に説明を始めた。参加者は、まるで朝刊のどこかに紛れている貴重な情報を拾いにいくかのように、手元資料に目を凝らしていた。

「このサービスってそもそも何なんですか?」

「誰が何を担当するんですか?」

「どんなスケジュールで進めるんですか?」

山崎が聴衆を無視したプレゼンを繰り広げていると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。僕は山崎の方に視線を移した。

「えっと、それはですね…」

山崎は何とか回答しようとしていたが、自分でも自ら作成した資料のどこを指せば明確な回答になるのか図りかねているようで、質問者に正解を提供することができずにいた。質問者は特に詰問するような口調でもなく、単に分からないことを聞いただけのように見えたが、山崎の歯切れの悪い様子を目の当たりにし、徐々に呆れと苛立ちの皺が浮かび上がってきていた。彼の中で、このミーティングの位置付けや進行の仕方、想定される質問が整理されていなかったように思えた。そしてそれらは、当然の如く資料に表れていた。僕は、大抵の資料は資料という存在を成すためだけに存在するものだと思っているが、それでも物事を進めるために必要な情報くらいは共有されるべきだとは思う。山崎は考え込む素振りを見せたままだった。暫くの間、沈黙が場を覆っていた。次第に参加者は沈黙と苛立ちに耐えられなくなり、ある者はスマートフォンを弄りだし、ある者は会社から支給された業務用のノートパソコンを開いてキーボードをパチパチと打ち始めた。キーボードの音は大した音量ではなかったが、響音が僕の耳をつんざいた。僕は、山崎の体たらくを見るに見かねて助け舟を出した。 

 僕は全体に一声掛け、上司から聞いていたプロジェクト概要と資料に記載されていたスケジュールを伝えた。各部門の担当者は、やっと話が進んだという安堵と、ミーティング進行のために支払った対価への苛立ちが入り混じった表情で聞いていた。僕の発言がひと段落したところで、出席者の一人が挙手しながら声を上げた。ほとんど挙手と発声のタイミングが同じだった。

「そのタスクに抜け漏れが無いという可能性は、現時点でどれだけ想定されていらっしゃるのでしょうか」

何とも回りくどい嫌味な質問の仕方だ。単純にタスク項目のすり合わせは必要ないかと聞けばいいのに、わざわざ癪に触る表現を選ぶのは悪意がある気がしてならない。しかし、ここで彼と同じ視座になってしまうのはそれはそれで癪なので、僕はひと呼吸置いてから回答した。

「ご指摘の通りですね。僕らの部門は他の部門の詳細業務を完全に理解することは難しいので、過不足がないかご確認いただくステップが必要です」

僕は、自分の発言の途中で山崎の方をちらりと覗いたが、彼はもう自分の出番は終わったという感じで、魂が抜けた後の抜け殻のように呆けていた。

「なので、まずはこちらで想定する工程と、各工程でこなすべきタスクを列挙するので、次回はそのすり合わせができればと考えています」

僕はもう山崎の方は見ずに先を続けた。

「理想はミーティング前にこちらの作業結果を共有して、事前に確認いただいた上で次回のミーティングを実施することです。ただ、他業務もあると思うのでどう進めるかは今ここで相談させて下さい」

僕は違和感を抱きながら発言していた。真の理想は、この時点で次回までのこちらの作業は完了していて、その結果を共有することだった。事前準備の甘さは無駄な仕事をどんどんと増やす。今回、僕は会議の進め方を周囲に相談し、全員に自分事として考えてもらうことで、こちらの不備を有耶無耶にすることに成功した。こうやって、その場その場をふわりと切り抜けるスキルだけが上がっていく。

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