第11話 状況の一変と置き去りの身辺

 そうこうしている内に僕の状況は一変した。世の中は、僕の決意が追いつくまで待ってくれることはないらしい。僕は、直属の上司である部長の池田賢治から、最近ではあまり出くわすこともなかった大型案件への参画を任命された。主担当は、僕の後輩の山崎拓也だった。山崎は新卒入社二年目の新人で、僕は彼のサポート役だ。

 僕が在籍している会社は、企業向けのサービスを提供している。サービスと言っても種々多様で、広告代理店のようなこともすれば、オンラインショップのようにネット上での商品販売の場を提供することもしている。一方で、企業の営業活動を代行するようなこともしている。要は代理販売だ。我が社は主軸となる事業を持たず、簡単に手を付けられそうなあらゆる領域に裾野を広げて何とか生き延びている。いわゆる何でも屋というやつだ。今回のプロジェクトにおける山崎と僕の主な役回りは、広告関連のサービスを販売するための業務提携だ。勿論、プロジェクト全体の進行管理も行うことは言うまでもない。

 前日に池田さんからこの話を申し渡されてから、僕はプロジェクトの先行きを案じると共に、そもそもこのプロジェクトをスタートすること自体に抵抗を感じていた。それは、このプロジェクトで開発するサービスが、外部企業の協力があって初めて成立するものだったからだ。サービスの根幹を外部の経営資源に頼るのだ。このサービスは、我が社にない技術的な側面を他社に補ってもらい、販売の主体を我が社が担う。この構図自体が、世の中にまったくないものだとは思わない。しかし僕は、この体制を自分の会社が選択するということを受け入れられなかった。手広い事業領域を手がけている事実と矛盾するが、我が社は新しいことを進めるのが得意とは言えないからだ。我が社は創業当初から、思い付きだけで新サービスを立ち上げては失敗し、投資を回収できないという負のスパイラルの真っ只中にいる。そして案の定、会社は経営難に陥っている。正に因果応報だ。そんな潮流を受けての今回のプロジェクトだったので、僕は全く気持ちが昂らなかった。人は大抵新しいことに挑戦する際、正にも負にも感情が揺れ動くものだが、僕の感情の針は、負の領域を指したままビクともしなかった。

 それでも、これが僕の仕事なのだから仕方がない。僕は気を取り直し、シャツの首元を右手で掴んでネクタイを締め直す振りをした。最近では、ネクタイを結ぶのは、取引先への謝罪か冠婚葬祭の時くらいだ。普段の業務ではビジネスカジュアルスタイルで勤務している。しかし昔の名残もあって、気を入れ直すときは無意識にネクタイを締め直す仕草をしてしまう。単なるルーティンのようなものだが、僕は緊張の糸を張るために重要な局面でこの仕草を必ず行う。はっきり言って、こんなことよりも僕の今後の人生の問題の方がよっぽど重要だが、このプロジェクトは進めなくてはならない。ああだこうだ言っていても、現状が勝手に変わることはないし、やらなくてはならない目の前のタスクが消えることはない。

 しばらくの間、僕は黙って自分のデスクに向き合い、上司からの指令を頭の中で繰り返し、山崎とどのように協業するか思案していた。

「今時間ありますか?」

突然、山崎が僕の席に来て声を掛けた。彼からプロジェクトの進め方の相談に来てくれたかと思い反応すると、彼は淡々と切り出した。

「これから初回のミーティングなんで、時間あったら参加いただけますか?」

僕は身体が硬直した。進め方を決める以前に、既にプロジェクトは始まっていたのだ。てっきり、山崎からスケジュールなどの共有があって進むものだと錯覚していた。僕の脳裏に嫌な予感がよぎり、山崎に池田さんの出席有無を確認した。

「池田さんは欠席です。今朝、池田さんに確認したら、出席は無理だと言われました」

様々な思いが、僕の身体中を瞬時に駆け巡った。確かに、メインの担当は山崎と僕ではあるが、上司が出席できないタイミングで大きなプロジェクトの初回ミーティングを行う理由はない。僕は急激に体温が上昇してきたが、平静を装って回答した。

「大丈夫だよ、行きましょう」

僕は、このコメントに多種多様な意味を込めて自分にも言い聞かせた。僕は改めてルーティンを行い、自分の仕事を遂行するためにミーティングへと向かった。

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