第8話 会合で懐古と回顧
僕の相談がひと段落したと同時に店も落ち着いてきたようで、僕と健人は、店のカウンター越しにえーちゃんと会話しながら酒を呑み交わしていた。酔いもそこそこに回りながら三人で話していると、他の友人たちが店の暖簾をくぐってやってきた。最初、僕は全く気がつかなかったのだが、いきなり後ろから目隠しされるという古典的な行為に驚いて振り向くと、友也と結城がニヤニヤしながらこちらを向いていた。僕は、口がぽっかりと開いたまま何も言うことができなかった。すると、健人が状況を解説した。
「今日、実は二人を呼んだんだわ。せっかくだからさ。四人で久し振りに呑みたくてね」
という健人の計らいだった。彼は僕と二人で話す時間を設けた上で、少し遅らせた時間に友也と結城を呼び寄せたのだ。
その後この会合は、懐かしの四人再会の会となった。友也も結城も大学時代に付き合いが始まった仲だ。
「また、大分見てくれが成長したね」
僕は友也の額と腹回りを眺めて言った。友也は二児の父で、四歳と二歳の娘がいる。大学卒業後、地元に帰ってふらふらと生活を続けながら、勤務先で出会った女性と授かり婚した。
「次元の歪みが俺を狂わせるんだよ」
「もう原型を留めて無いな…」
僕と健人が友也を眺め回していると、それに呼応して結城が溜息を吐きながら言った。
「バンドをやっていた頃の姿をお前のカミさんに見せてあげたいよ」
友也は、大学近辺の界隈ではそこそこ人気のあったバンドのヴォーカルも務めていた。現在でこそ額は若干後退し、体型もふくよかになってはいるが、学生時代はスマートでそれなりにモテていた。
「五月蠅いな、もう。そんなことより、いっちゃんと健人はどんくらい呑んでんのよ? あーもう早く追いつかねーと。えーちゃん、俺と結城に生ビール二つずつ」
気分が良いときの友也の勢いは、一見自暴自棄になっているのではないかと周りをヤキモキさせる。しかし、彼なりにその場の雰囲気を感じ取ってのことだ。僕らはそれを止めることはしない。これまで彼が行き過ぎた言動を取ることがなかったからだ。危うさを垣間見せておいて、四人の中で安定感が一番あるのは彼だったりもする。
「いやいや、何で俺も二つ? 完全に巻き沿いだから。あーあー、来ちゃったじゃん、二つも。呑むのかあ、呑むんだよなあ、これ」
などとボヤきながらも、満更でもない表情を浮かべているのが結城だ。彼も大学時代に音楽をやっていたが、残念ながら陽の目を見ることはなく、卒業と同時にきっぱりと音楽を止めた。自分には才能がないと悟ったためだった。
「あ、そうそう。今度の土曜空いてる? また仕事入ったから。応援頼むよ」
結城はビールを呑みながら僕に言った。
「え? 仕事が安定したんじゃなかったの?」
結城は卒業後、マーケティング系の小さなコンサル会社に就職し、数年間昼も夜もない生活を過ごした。その後紆余曲折を経て、今では独立してコンサル会社を運営している。その間、デキ婚をして子供を引き取って離婚、その上で再婚に向けた婚活中で、元々何がしたかったのか分からないくらい生き急いでライフログを書き換えている。
「うん。安定的に不安定」
結城は悪びれもせずに言った。幸いにも一社目の仕事で人脈が広げられたようで、当時付き合いのあった会社からの仕事で食いつないでいるようだった。
「他の社員の人は?」
「うん、全員クビにした」
結城はきっぱりと言い切った。
「それ、大丈夫?」
友也が横から口を挟んで来た。
「大丈夫だよ。世の中はウチみたいな吹いたら飛ぶような会社まで見張ってる訳じゃないし。やっぱり歳食って諦めちゃってる奴は駄目だね」
僕は自分のことを言われているのかと一瞬ドキッとしたが、雇っていた社員のことを指していたようだった。
「いや、それなら尚更受注量をセーブするべきでしょ」
僕は、結城の会社の立ち上げ当初に何度か結城の仕事を手伝わされていた。
「わりわり、だって仕事が来ちゃったもんだからしょうがないじゃん? また割賦弾むからさあ、頼むよ」
「割賦って…。いつの時代だよ」
僕は食い下がったが、結城は折れなかった。
「まあまあ、そう言わずに頼むよ、いっちゃんさあ」
僕は極めて渋い顔をしながら結城のオファーを受諾した。
「弾めよ、割賦」
「それはそうと、いっちゃんはレコーディングはまだなの?」
今度は友也が口を開いた。レコーディングとは彼なりの隠語で、奥さんとの子供はまだかという質問だ。彼は、自分の子供が生まれたら音楽をやらせて海外でロックスターにさせると息巻いている。自分が大成できなかった夢を子供に背負わせるそうだ。友也には、そんな時代錯誤的な誇大妄想を呑みの席で恥ずかしげもなく、それも繰り返し語る癖があった。彼の隠語は音楽用語と掛け合わせて独自に編み出したものが多く、初見では僕ら四人くらいしか意味を推し量ることができない。
「うーん、どうだろうね。まだかもね。彼女は仕事に全力を注ぎたい人でもあるし」
僕ははぐらかすでもなく、家庭の事情を答えた。友也はかつて何度か会ったことのある咲の記憶を辿りながら言った。
「確かにな、前に会ったときも俺らと違ってエリートというかキャリアウーマンな印象だったもんなあ」
「『ら』ってことは今俺も一緒にされたってことだよな? 『ら』って」
結城が横から入り込んで友也に突っ込んだ。
「いやいや、当たり前だろ。俺らには特徴の差こそあれ、結局は同じ穴の狢だよ」
健人がくくくと、笑いを堪えきれずにそうだなと同意した。僕は、妻が賞賛され自分は貶められるという複雑な評価に何とも言えない気持ちになったが、妙に納得した。そう、結局は同じ穴の狢だ。そしてその穴から出るか出ないかは自分次第だ。
「というか、キャリアウーマンなんて言葉、今時使わないぞ」
僕は口を挟んだが、ああでもないこうでもないというやりとりの波に無残にもかき消された。
「それはそうと、今日は何の会なの?」
結城がおもむろに全体に問い掛けた。
「一哉が皆の話を聞きたいってことで呼んだんだよな」
核心はお前が言えと言わんばかりに、健人は僕に促した。僕はこの展開を想定していなかったので、どう切り出すか少し迷った。しかし、気の置けない友人たちに今更他人行儀で話しても仕方が無いので、率直に僕の抱える問題を打ち明けた。それを受けて、友也も結城も黙って考え込んでいたが、友也が先に話し出した。
「そりゃ、自分が選んだ道を一直線にそのまま突き進めたら良かったけど」
友也は自分の考えを整理しながら、そして言葉を選びながら発言しているように見えた。
「我々は初志貫徹できなかった人種ですからなあ」
結論まで至らない発言をした友也のバトンを引き継ぐように、結城が横から口を挟んだ。
「そういうのは変化していくものだと思うし、俺らみたいな奴は、変化させていかないといけないんじゃないのか?」
「過去の行動は変えられないからね」
僕は同意した。過去の行動は変えられないからこそ、これからの自分の意識を変えて順応する必要がある。
「お前は変化しまくってるもんな」
結城の生き様に突っ込むように、友也が口を挟んできた。
「五月蝿え。俺は変化球でしか勝負できないんだよ。豪速球が投げられたらそれで勝負してるよ」
結城は友也に冗談半分で切り返した。
暫くこの問題についての議論は続いた。酔いのせいもあって、同じような内容のやり取りが続くようになった頃、誰かが総括するように声を発した。
「きっかけや兆しは身近なところに転がってるかもしれないぞ。灯台下暗しってやつだよ」
酔いが回っていたせいで誰が言ったか分からなかったが、こんな台詞で僕らの再会は幕切れとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます