第9話 トウマと美食家レム

 レムの馬車がとまる。


 従者が馬から下りて、

 馬車から椅子を出すと、

 バクはその椅子に腰掛ける。

 ナプキンをひざに敷くと

 従者がナイフとフォークを渡してくれた。


「ご主人様、何度も申し上げますが

 甘い夢ばかり食べてますと、

 体に悪いですよ。」


 バクは口の端をあげて答える。


「カミュ、

 お前もこの夢をいっぺん食べてみるといい。

 口の中にぱあって広がる香り、

 舌の上で飛び跳ねるような甘さ

 ……忘れられないぞ。」


 「私はバクではないので夢は食べません。」

 カミュが断る。


 レムは「いただきます」と、

 漫画の吹き出しのように

 浮いているモクモクした形の夢を食べる。


 アリスの夢は男の子が出てきて、

 仲良く遊ぶ夢が多い。

 手をつないで、

 野原を駆け回ったりブランコに乗ったり、

 二人で笑いあったりする。

 そういう幸せな夢はたまらなく甘い。


 フォークで押さえて夢をナイフで切る。

 もきゅもきゅ。

 ナイフで切るのは難しい。

 ちぎるといった方が的確かもしれない。

 もくもくもく……。

 夢を口いっぱいほおばるが、

 雪のように舌の上でとけてしまう。

 アリスの夢はあっという間に

 美食家のお腹に消えていく。


「ごちそうさまでした」

 レムは夢の食レポ感想を手紙に書く。

 そのときだった。

 口の中で強烈な痛みが走る。

 苦痛で顔をゆがむ。


「ご主人様、いかがされました?」

 カミュが顔をのぞきこむ。


「もしかして?」


「いや、心配ご無用。」

 バクはそういうと顔をあげて遠くを見た。


「おや?あれは…」


 上空から人間が落ちてくる。



 崖は高かった。

 トウマは落下していく。


 ばさぁああ…

 トウマを柔らかいものが包む。

 布?


 バクがマントで落ちてきたトウマを受け止めた。


「驚いた。無事でなにより。」


 トウマが地面に降りやすいように

 かがんでくれた。

 マントから降りて地面に足をつける。


「トウマ君ではありませんか。お怪我は?」

 トウマはとっさに首を振る。


「良かった。」


 生きてる。いつもと違う夢だ。


「ご挨拶が遅れました。私はノンノ・レム・ルムレム3世」

 聞いた名前だ。アリスの手紙。


「え、あの手紙の?」


「なんと。私の批評を読んでくれているのか?」

 レムは目をまんまるくした。


「まさか現実の世界でも

 私の名が知られているとは。」


「ご主人様、立派でございます。

 地道な活動が実を結びましたね。」


 カミュが誇らしげに言う。


 トウマがたまたまアリスが渡した手紙を

 読んだから知っているだけで、

 別に有名ではないことを言おうとしたが、

 気を使って言わないでおいた。


「いかにも。レムと呼んでくれたまえ。

 美食家でね、

 夢を拝借して食べるのが趣味なのだよ。

 夢の批評をしている。」


 そういってマントをひるがえした。


 その時、また歯の痛みがおそってきた。

 ほっぺを手でおさえうずくまる。


「歯がいたいの?」


「なになにたいしたことでは……うぐぁ!」


「すごく痛そう。治した方がいいよ」


「歯医者に行けというのか?でも治すのは痛いのだろう」


 動物だけど、恰好が大人っぽい。

 それなのに、子供みたいな人だと

 トウマは思った。


「そりゃ痛いけど、

 そのままにしてたらもっと痛くなっちゃうよ。

 虫歯が悪くなれば食べられなくなっちゃうよ」


 トウマがお母さんから言われた言葉だ。


 レムはぎょっとした。


「夢が食べられなくなってしまうのか?

 美食家としては致命的だな。」


「夢っておいしいの?」


 夢を食べる人なんて周りにいないから、

 トウマはちょっと興味が沸いた。

 どんな味がするのだろう。


「夢は夢を見る人の考えによって味がかわる。

 興味深いだろう。

 一つとして同じ味が無い。

 昔は私も他のバクと同様、

 悪夢ばかりを食べさせられてね。

 そのまずい味を知っているからこそ、

 いい夢の味の価値がわかるんじゃないかな。

 君の友人のアリス嬢の夢、あれは絶品だ。

 トウマ君のことは度々アリス嬢の夢で

 お見かけしているよ。」


「アリスの夢に僕が出てきたの?」

 嬉しいけど、少し照れくさかった。


 レムは立膝をついてトウマの右手をとる。


「トウマ君。

 とりあえず、お近づきの印にこれを外しても?」


 バクはトウマの手錠を指さしてウィンクをする。


 トウマが頷くと、レムは微笑んでから

「失礼。」 

 と言ってトウマの右腕を持つと、

 片メガネをルーペのようにして手錠を見つめる。


「君がつけているこれは、

 指名手配専用の特別な手錠だ。

 パケジ警部が持っている鍵じゃないと

 絶対開けられなくてね。

 そこに気づくまでは私も苦労したものさ。」

 

 特別な手錠。

 開けられない。

 聞き取れた情報からだと、

 手錠をとるのは難しそうだ。

 トウマが心配そうな顔をする。


「心配ご無用。パケジ警部は私の友人さ。

 頼んでみるとしよう。」


 レムの馬車に乗り、

 パケジ警部がいる警察署に向かった。


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