第3話 夢ドロボーと美食家

 パケジと警察隊が現場につくと、

 一人の男とバクが言い争っているようだった。

 

 男はピエロの恰好でしゃがれた声でどなりつけていた。

 バクは白いシルクハットを被り、

 白いマントをつけていて、

 片メガネをつけた英国紳士のいでたちだ。


 ピエロの言い分にのらりくらりとかわしている様子。


「俺様が先に目をつけてたんだぞ!

 俺様の夢を食いやがって!ドロボー!」


「夢ドロボーは君だろう。

 私は美食家だ。夢を食べる美食家。」


 先に現地についていた警察が敬礼をした。

「ガギに配達員が襲われましたが、

 レムに助けられて無傷です。

 盗まれた夢はレムに食べられました。」


「またか。」

 

 夢工場のセキュリティーが強化されて

 夢ドロボーが夢工場に入れなくなってから、

 配達員が襲われるようになった。


「犯人逮捕だ!捕獲しろ!」

 これは夢の世界で警察として働いている以上お約束の毎日。

 パケジは夢の世界の警部として

 夢ドロボーを捕まえる為に奮闘する。


 しかし、やっかいなことに

 この夢ドロボーたちは一筋縄ではいかない。

 いつも捕まえ損なってしまう。


 ところが、この日はいつもと違った。


 13番街地につくと、

 パケジは報告した警察に「ご苦労」と言う。


 パケジは言い争っている二人の方に近づいて行く。


 パケジの姿に気づき、

 紳士のバクがうやうやしくお辞儀をする。


 パケジはいまいましそうに睨みつけると

 大声で怒鳴った。


「毎度毎度お騒がせなんだよ!

 夢ドロボー二人組!!覚悟!」


 パケジの合図で巨大な網が二人をくるむ。

 まるで猟師が魚になげるような網だった。


 網の中を確認するが、からっぽ。あたりを見回す。

 上の方から二人の声がした。


 ピエロは気球に、

 バクは馬車に乗って

 上空をただよっていた。


「二人組だと!

 こいつなんかと一緒にするんじゃない!」


「夢ドロボーとは失敬な!

 美食家とよびたまえ。」

 

 二人の主張は違うが、怒ってるのは一緒だった。


 しかし、この場で1番怒っていたのは

 パケジだった。


「貴様ら、いい加減におとなしくお縄につけ!」


「あいにくですが、

 私はこれからディナーに行くので。

 ガギ君、警部のお相手してさしあげて。

 ごきげんよう。」


 バクはそう言うと、

 胸ポケットにさしていた一本のバラをとりだし、

 ピエロが乗る気球めがけて飛ばした。

 バラの茎が見事に気球に刺さる。

 それと同時に気球は爆発をした。


 ピエロは地上へまっさかさま。

 地面にたたきつけられそうになるところを、

 パケジがひろげた網で救い上げられた。

 綿あめの香りがした。


「刑事さん、俺様じゃないよ!

 早くあいつを捕まえて下さいよ!

 俺様はまだ何もとっちゃいない!

 俺様が狙ってた夢をあいつが…」


 わめくガギにパケジが一喝する。


「黙らんか!

 お前は工場に忍び込んで

 泥棒をはたらいた罪で

 指名手配されてんだよ!」



 夢工場に忍び込んだあの日、忘れもしない。

 初めてガギが泥棒に失敗した日になった。

 泣く子も黙る夢泥棒のこの俺様が…


 ガギは毎晩のように工場から夢を奪っては

 こっそりと見て楽しんでいた。


 ある日、

 いつものようにガギが夢を奪おうと

 工場に忍び込むとすでに先客がいた。

 

 配達員がいないことを確認して

 誰もいないはずだったのに。

 工場には先客がいたのだ。


 先客はマントに覆われた姿で

 ガギに背を向けもぞもぞと動いていた。


「誰だ!貴様は!」

 マントの主がゆっくりと振り返る。

 人じゃない。

 どうやらバクのようだ。

 

 バクは悪夢を食べる動物だ。

 夢の世界では悪夢を食べる部隊のバク騎士団がいる。

 

 バク騎士団か?

 いや、それにしては様子が変だ。


「ここで何をしてる?」


「んがもごもご……」


「なんだって?口の中のものを飲み込んでからはなせ」


 バクは口いっぱいにいれていたものを飲み込むと


「いや、いやお恥ずかしい。

 夢の味見をしていたところです。

 やっぱりできたては違いますなぁ。」

 

 バクは興奮しているのか顔を紅潮させて続ける。


「今までいろんな夢を食べてきましたがね、

 特にこのアリスというお嬢さんの夢はおいしい。

 いや、実においしい。」

 

 そう言うと、

 バクは札のようなものを

 アリスと名前が書かれているレーンに張り付けた。


「どうです?あなたもおひとつ……おや、

 おかしい、夢がない。」


「なんだと?」


 ガギは駆け寄りバクを押しのけ、

 その前に横たわるベルトコンベアーをのぞきこんだ。

 

 ない、ない、ない、どこにも。


 いつもぎっしり夢が並び、

 まるでガギに盗まれるのを

 待っているかのように

 並んでるはずの夢が

 一つもなくベルトだけが機械音をならしながら、

 空回りをしていた。


 お腹をさすりながらバクがのんきに話す。


「つい食べ過ぎてしまったようですな。私としたことが……」


「はき出せ!今すぐにだ!

 俺様の夢を返せ!

 ここの夢は全て俺様のものだぞ!」


 怒りのあまり、ガギはバクの首ねっこをつかむ。


「そんなに怒らなくても

 また作ればいいだけのことではないですか。

 ええと、スイッチはこれかな?」

 

 レムはあわてずに

 ベルトコンベアーの近くにある赤いボタンを押した。

 

 そのボタンは、長方形で、赤く、

 ボタンの周りも赤く塗られていて、

 いかにも重要なボタンといった感じだった。


 すると、けたたましいサイレンが鳴り、

 あちらこちらから足音がきこえてきた。


 大勢がこちらにむかっている。


「ばか!非常ボタンを押す夢ドロボーがどこにいる!」


「夢ドロボー?」

 バクは不機嫌そうに言う。


「失敬な。私は美食家だ。君のような野蛮なドロボーと一緒にしないでくれ」


「こっちに夢ドロボーがいるぞ!」


 サイレンで集まってきたのは警備隊だ。

 夢工場が安全に夢を作れるように

 夢ドロボーから守る仕事である。


 しかし、さすがは腕利きの夢ドロボー。

 いや、夢ドロボーと美食家。


 絶体絶命と思われたが

 二人はかろうじて逃げることに成功する。


 ところが、

 この事件をきっかけに

 顔をしっかりと警備隊に見られてしまったため、

 指名手配され、セキュリティーも厳重になって

 夢工場に入れなくなってしまう。


 しかも、この事件はガギにとって

 初めて夢を盗み損なったという

 屈辱的な記念日となってしまった。

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