第12話 舞依の奮闘記





ここ三日間、雪乃が学校に来てない。学校から帰って雪乃に電話してみたら「風邪だから、心配ないよ」と言っていたけど、雪乃のあんなに落ち込んだ声、初めて聴いたもん。絶対違う。


またあの時彦さんのことで何かあったのかな。でも、あれからもう半年も経ってるし、忘れてるんじゃ…。


スマートフォンを手に取って時刻を見ると、もう1時だった。


「さすがに電話するにしても…」


私は明日、学校が終わったら雪乃の家に行くことに決めた。






「まあ舞依ちゃん。雪乃にお見舞いに来てくれたの?」


雪乃のお母さんが、チャイムを鳴らした私を迎えてくれた。私は学校の後でまっすぐに雪乃の家まで来た。


「はい。雪乃いますか?」


「いるわ。ずっと部屋から出てきてくれないの。何があったのか聞こうとしても答えてくれないのよ…」


「やっぱり…」


じゃあ多分時彦さんのことだろう。私はそれで思わずそう口走った。


「え、なに?」


「あ、いえ、なんでもないです。雪乃に、会えますか?」


「ええ、どうぞ」






私が雪乃の部屋に通してもらった時、雪乃は眠っていた。


「少し様子を見て、起きないようだったら、起こしても大丈夫ですか?」


雪乃のお母さんにそう聞くと、少しためらったようだったけど、「ええ、大丈夫よ。舞依ちゃんになら、話してくれるといいんだけど…」と言って、お母さんは階下に降りて行った。


お茶とお茶菓子を届けてもらってから、しばらく雪乃のベッドの脇に座って、私はベッドにもたれていた。



幼稚園が同じで、男の子たちからからかわれていた雪乃の味方についたのが、私たちの始まり。それなら、こんな時に役に立てなくてどうするっていうのよ。



私はちょっと雪乃を揺り起こしたけど、それだけでは起きなかった。


「もうちょっと…」


そう言って私が本格的に揺さぶろうとした時、雪乃はうっすら目を開ける。そして、何かに驚いたように、飛び起きた。


「…舞依…」


雪乃は驚いた時、一瞬嬉しそうな顔をした。でもそれは私の顔を見てすぐにしぼんでしまった。


「やさしい舞依ちゃんが来ましたよ」


雪乃は脇を見ていたけど、ふいに視線を宙に浮かせて、こう喋りだす。


「時彦さんね…いつも、今の舞依みたいにベッドに寄りかかって、それで「おはよう」って言ってくれたの…」


どこか夢うつつのような雪乃の表情は疲れ果てていて、私は「やっぱりそれか」と内心で思った。


雪乃はさびしそうで、悲しそうで、さらにぼーっとしている。こんなの、絶対普通じゃない。私は危機感を感じて、こう言った。



「ねえ雪乃。話して。今度は絶対に。何があろうと私に聞かせて…お願い」







私は雪乃から駅前のバス停でのことを聞かされて、唖然としてしまった。



なによ。なんなのよその時彦って男は!


他に彼女がいたくせに、ずっと雪乃の家で雪乃をたぶらかしてたってわけ!?信じられない!



絶対、文句言ってやる!



私はそう決意して、それを雪乃には言わずに、「わかった。雪乃、もう休んでて」とだけ言った。


雪乃に今そんなことを言っても、混乱させるだけかもしれない。私がやる。


「うん…うん…ごめんね舞依…」


雪乃は話しながら泣き出したままで、しばらく横になって涙を流し続けてから、泣き疲れて眠ってしまった。



許せない。茅野時彦。雪乃をこんなにしちゃうなんて。






それから私は家に帰って、お母さんに頼んで古い電話帳を出してもらった。


うちにも、もう固定電話はない。スマートフォンの普及によって、それらは絶滅の危機だ。


でも、もうこれくらいしか手段はない。


私は電話帳を自室に持ってきてからスマートフォンを片手に、「茅野」という苗字の家に片っ端から電話を掛けた。そんなに多くなかったし。


「…はい、茅野です」


「すみません、お宅に時彦さんという息子さんはいらっしゃいますか?」


「いないですが…あなた誰?」


「すみません、失礼しました」


私は本当に失礼なこととは知りながらも、雪乃のために電話を掛け続けた。六件目の電話には、おばあさんが出た。


「はいはい、もしもし茅野です。どちら様でしょう?」


「すみませんが、お尋ねしたいことがあります。お宅に、時彦さんという息子さんはいらっしゃいますか?」


すると、すぐには返事はなく、電話の向こうで小さく高い声が唸るのが聴こえた。


「息子じゃなくてねぇ、孫なら時彦がおりますがねぇ…どうしたんです?時彦にまた何かあったんですか?」



当たった!



私はとにかく、心配でたまらないような様子になってしまったおばあさんをなんとかしようと思った。


「いえ、時彦さんの身には何もありません。ご心配はないんですが…私、恩田舞依といいます。私が、時彦さんと直接に話したいことがあるんです」


「はぁ…そうですか、何もないならよかったけど…それじゃあ時彦に伝言しますね、どう言えばいいかしら?」


人の好さそうなおばあさんはすっかり私の言うことを不審がらずに聞いてくれたので、私は自分のスマートフォンの番号を伝えて、「必ず伝えてください」と念を押し、丁寧にお礼を言って電話を切った。



これでよし。あとは電話が掛かってくるのを待つだけよ。



絶対に!けちょんけちょんに言ってやるんだから!








すると、その翌日の土曜日の昼過ぎに、私のスマートフォンが鳴って、相手側の知らない番号が表示された。



こいつだ!絶対そうだ!



私は緊張で震えてしまう手でスマートフォンを握り、ゆっくりと通話ボタンをタップして耳に当てた。


「…はい、もしもし」


電話の向こうはしばらく無音だったから、「いたずら電話?」とも思ったけど、私はしばらく待った。



“初めまして、茅野時彦です”



それは低くて優しげな男性の声だったけど、私は「だまされるもんか」と思って、とにかく叫びだしたいのを堪えて話を始める。


「あなた…あなたですね?茅野さん、まずはご退院おめでとうございます。それでね、私が誰かわからないと思うから説明するけど…!」



“ありがとう、知ってるよ。いつも雪乃ちゃんに勉強を教えてる舞依ちゃんでしょ”



私は一瞬で、「この人、多分全部知ってる!」と思い、思わず顔が熱くなった。でもそれならばと、私はそのあとは遠慮はしなかった。


「そうですか…知ってるんですね。じゃあ雪乃が今どうしてるのかも知ってますか?知らないでしょう!」


私はこう言ってから、思いっきり悪口を言ってやるつもりだった。


“…どうしてるの?”


いくらか不安そうな時彦さんとやらの声も構わず、私はついにわめきだす。


「家で泣いてるの!学校にも来ない!」


私がそう言った時、電話の向こうで小さく「えっ」という声がしたのも構わなかった。


「あなたのせいよ!雪乃にさんざん勘違いさせといて!現実では彼女がいたなんて!どうしてくれるのよ!」


すると、時彦さんとやらは黙り込んだ。私はちょっとの間、叫んでいた息継ぎをする。


“…待って。僕には今、お付き合いしてる人はいないよ?”


私はそんなの嘘だと思った。本当のことを叩きつけてやれば観念するだろうと思い、こう叫ぶ。


「じゃあバス停で抱きついてた女は誰なのよ!」


自分のことじゃないのにこんな台詞を言うのは変かなと思ったけど、この際仕方がないじゃない!


“え?…あ、ああー!それは妹!”


「へ…?妹ぉ~!?」


“そうか、それで?雪乃ちゃんはバス停で僕たちを見たんだね?”


途端に時彦さんの口調はとてもはっきりとした早口になり、今度は私が急かされた。


「は、はい…」


“じゃあ舞依ちゃん。雪乃ちゃんを連れ出せないかな。僕、事情を説明しないと。早く雪乃ちゃんを元気にしないとね”


私は一気に主導権を奪われたけど、とにかくこれで話はいい方向にいきそうだと思って、こう返事をする。


「じゃあ、ちょっと…今、雪乃に電話してみていいですか…?」


“うん、お願いするよ”



私たちは電話を切り、私はそのまま電話画面で雪乃の番号を引いた。








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