第4話 うちの幽霊は純情です





その後私たちはだんだんと、お互いの思い出話もするようになっていった。とは言っても、時彦さんは幽霊になってからの話しかできないけど。


「私が学校でひどい点数取ったときにね、親友が大笑いしたんですよ!普通友だちならなぐさめませんか?」


「それは確かに。で、何点だったの?科目は?」


「理科で…32点…」


私は恥ずかしいので、ちょっとうつむいてしまった。すると時彦さんまでくすくす笑っていたけど、こう言ってくれた。


「大丈夫。まだまだ中学生なんだからいくらでも巻き返しが利くし、そんなに言うほどひどくないって」


「そうかなぁ…」


「そうだよ。中学なんてまだまだ勉強のし始めなんだから」


それで私が元気が出て、そのあともまだ話が続いていた時、お風呂のお湯はりが済んだらしく、ピーピーとアラームが鳴った。


「あ、お風呂入らなきゃ」


私がそう言って立ち上がろうとした時、急にそばにあった本棚がガタガタッと揺れた。


「ひゃっ!?」


私が驚いて、おそらく怪異の原因なのだろう時彦さんに目を向けようとすると。


彼はもう、跡形もなく姿を消していた。



…え?どういうこと?なんで急にいなくなっちゃったの?



「あの…時彦さん?」


そう部屋の中に呼びかけても、沈黙が静かに返ってくるだけだった。


私は首をひねって、「まあ後でわけを聞こう」と思い、お風呂に向かった。


ところが、そこから数日間、時彦さんはまた姿を現さなかった。その間私はさびしかったし、「何か変なこと言っちゃったから、気を悪くしたのかな」と心配もした。


でも、その間にお父さんとお母さんから電話もあったし、勉強も家事もしなくちゃいけないし、私はなんだかんだと忙しく過ごしていた。







洗濯機が脱水のために高速回転をしている音は、だんだんと唸るような緩やかな音になって、またアラームが鳴る。


私はそれを待っていて、少しの洗濯物と洗濯ネットを、洗濯機の真上に設置してある乾燥機に放り込んだ。そしてまたスイッチを押す。


家電製品って気味が悪いくらい機能に忠実よね。まあ、急にその日の気分で洗濯機の機能がオーブンレンジに変わっても困るんだけど…。


私がそんな想像をしているタイミングで、リビング入り口にある家の電話が、プルルル、プルルルと鳴った。


私は「お父さんとお母さんかも!」と思っていたから、急いでそこまで走っていって、受話器を上げた。


その日は休日で、ちょうど昼頃だったから、カリフォルニアは夜に入ったところだ。お父さんとお母さんの話では、カリフォルニアは日本とは16時間時差があるらしい。


…どっちが進んでいるのかは、もうよく覚えてないけど。



「はい、石田です」


“まあ雪乃!久しぶりね!良かったちゃんと出てくれて!”


「お母さん、まだ一週間と少しだよ」


私はそう言って、少しの間会っていなかっただけですごく懐かしんで、安心してくれるお母さんに、笑った。


“そうね、そうだけど、なにせ私たちは遠い国でしょう。そりゃ心配なのよ。そっちはどう?何か危ないことはなかった?”



本当に、お母さんってすごいなあ。私はなんとなくそう思った。


でも、そこで私の頭はぴた、と立ち止まる。



…この家、幽霊が出るようになったよね…?



それは…言わない方がいいかな。わざわざ言って心配掛けるほど、悪い幽霊がいるわけじゃないし…。



「うん、大丈夫。何もないよ。ちょっと家事が大変だけど、だんだん慣れてきたし、特に危ないことなんかない」


“そう、よかった。いえね、連絡できなくてごめんなさいね、仕事でさっそくのトラブルが起きて、もうてんてこまい!”


「そうなんだ、大変だね。私は大丈夫」



そんなふうに近況を話してから、私はお母さんにアメリカの話を聞かせてもらったりして、電話を切った。




「大丈夫、よね。話さなくて…」


独り言でそんなふうに確認をして、私は受話器から手を離した。


そんなことのあった次の日に、時彦さんは姿を見せてくれた。







「おかえり」


目の前には、玄関にぬぼっと立っている、ぼろぼろの服の男の人。


が、学校から帰ってすぐに見ると、意外とまだ迫力を感じるわ…。


「た、ただいま、です…」


でも、時彦さんに迎えてもらって、「おかえり」なんて言われたことがすごく嬉しかった。それに、なんだかちょっと後ろめたいくらい、ドキドキする。


もちろん時彦さんはなんにも知らないけど、私は好きなんだもの。それを隠して、こんな状況を楽しむなんて、悪いことしてる気分。


「いつまでも敬語でいなくてもいいよ。初めに「緊張しないで」って言ったのは、雪乃ちゃんでしょ」



“雪乃ちゃん”!なんですかその親しげな呼び方!


私はやっぱりそう感じて頬が熱くなって、なかなか返事ができなかった。


「う…うん。わかった…」


「あ、いやだったら無理にしなくていいよ?もちろん」


私はその言葉にはっと顔を上げて、思わず大声で叫ぶ。


「いやじゃない!いやじゃない、けど、ちょっと…緊張…」


やっぱり気後れしてうつむいてしまう私の頭に、またほんのりと温かい感触がする。


「うんうん。ゆっくりでいいよ。それから、この間急に消えてごめん」


それで私はそのことを思い出す。


そういえば、時彦さんがいきなりいいなくなったの、なんでだろ?


「あ、あの、なんでだったんですか…?私、何か悪いことでも言っちゃったんじゃないかって…」


あ、やっぱり敬語に戻っちゃった。まあ、だって年上の人だし、急にタメ口で話せって言われても緊張する。


すると時彦さんは急に目を逸して、言いにくそうにしていた。


「えっと、その前に…そろそろドア閉めた方がいいかも。これだと、周りからは雪乃ちゃん一人で喋ってるようにしか見えないし」


あっ!そうだ!


私が慌ててドアを閉めると、時彦さんはなおももじもじと組んだ指を前後に揺らしてから、話し始める。


「「お風呂」って聞いた途端、びっくりして…それで、慌てて消えたんだけど、その時に本棚揺らしちゃって、びっくりしたよね、ごめん」


そう言って恥ずかしそうに笑った時彦さんの姿は、灯りもない昼の玄関に立ち込める薄闇を、ちょっとだけ和らげていた。


そういえばあの時、私はお風呂に入ると言って、席を立とうとした。


お風呂の時にいなくなるなら、やっぱり着替えを見ないように、よね。


ってことはもしかして…私の着替えを連想しただけですぐに逃げ出したくらいに、時彦さんはびっくりしたってこと…?



もしそうなら、ちょっと…いや、かなりの純情だわ。男の人にこんなこと言ったら怒られるかもしれないけど…。


かわいい。


うん。ちょっとだけ。


「わ、わかりました…。お風呂はだいたいいつも9時くらいに入るので、えっと…それで予測してくれると、いいのかな?」


私がそう言うと、時彦さんはまたきまりが悪そうにえへへと笑っていた。




拝啓、お父さん、お母さん。


うちに居る幽霊は、かなりの純情です。


思わずそんなことを心の中でつぶやきながら、私はするすると滑るように歩く時彦さんを連れて家の奥へ入っていった。







Continue.

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