首都:英雄不在

 魔族が出現したと言う情報は、首都にも逸早く伝えられた。そして、人々はその討伐を頼むために、英雄の元へと急いでいた。


 英雄の住む館へと着くと、前に人集りが出来ていた。どの者も自分の所を守ってもらうために、英雄の元に行こうとしていた。魔族が出現した副首都からやって来た、使者は流石に入れてもらえた。

 が、幾ら待っても、お茶さえ渡されない。初めから来ていないように、誰も現れない。仕舞いに使者は長時間待たされた事で、狂いそうになった。無礼である事は承知でも、使者は扉を押し開けた。


 扉の向こうでは、館の外のように人々が忙しなく行き交っていた。剣を持った衛兵から、役人、使用人まで全員がぞろぞろと動き回っていた。誰かを探すように、不安そうな顔で。


「英雄様がいないっ。どこにもいない…」

 と、一人の使用人が泣きながら、倒れた。


 この非常時に人類の希望の灯となる、かの英雄がいない事実。それだけで、人々は今にも誰もが倒れそうになった。


「いや、まだ全てを調べ終わった訳ではない!」

 と、一人の若い衛兵が声を上げた。


 それにより、人々は少しだけ元気を取り戻す事が出来た。



 が、再度、何度も館の隅々まで調べても、英雄の痕跡は残っていなかった。あたかも、夜逃げしたかのように。


「英雄様は我々を見捨てたのだ…」

 と、一人が諦めたように言葉を吐き捨てた。


 その一言で人々は更に心配になった。この世で誰よりも強い者が英雄となったのであった。が、その者がいないのであれば、もう誰も戦う事は出来ない。魔族と戦えるような、人間など他にいないのだった。全てを魔族に奪い取られるまで、人に待つしかない。

 最後の結末までを想像した人が、床に膝を落とした。涙も出ないほど、悲しみに打ち拉がれていた。


「まだっ。そうと決まった訳ではない……誰かに連れて行かれた可能性もある。例えば、次なる魔王のような存在に」


 魔王の言葉に人々は、一斉に倒れそうになった。もし、その者に捕まっていれば、逃げれないとしても、可笑しくない。だけど、もう人類が彼を救えるかは、分からない。


 自分が死ぬ事が怖いとしても、これまで英雄に救われた恩のために、その時は戦おうと決意した人達が、その場には数多くいた。



 更なる情報が寄せられるのは、さほど遠くない未来であった。

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