隣街の噂

 副首都から隣街に向けて歩く道中、同じ向きに伝書使が急いで走っていた。書類が入っていると思われる鞄を揺らしながら、帽子が飛ばないよう押さえていた。


 私は冒険者の身分証を見せながら、同じペースで隣を走った。伝書使を妨害しない限り、高ランクの冒険者には彼らに情報聞く事が、許される。何故なら、出動要請が出される事もあり得るからだった。


「済みません。S級冒険者のウィル・アイガンです。どのような御用件ですが?」


 伝書使は冒険者の身分証を見てから、答えた。

「S級冒険者ですね、分かりました。副首都で魔族が出現しましたが、逃走したのでその連絡をしに行くのです」


 私は知りたい肝心の情報を聞けたので、身を退く事にした。向こうが不審がる前にも。


「ありがとうございます。私も魔族が出たら、気を付けたいと思います」

 と、私は相手に合わせて言葉を述べた。


「ウィル冒険者もお気を付けて下さい」


「ありがとう。貴方も気を付けて」



 その言葉で、私と伝書使は別れた。伝書使が去った事で、キーシャが私の側に追い付いた。


「その魔族は私の事か?」

 と、キーシャは不安そうに答えた。


 私はキーシャを見ながら、少し笑みを浮かべた。決して更に不安にさせたい訳ではなく、出来れば安心させるために。


「どうだろうな? まぁ。魔族など、どこにでもいのではないか? 私なんか魔族を何度も見たぞ…」


 キーシャは私の言葉に笑った。

「それはそうであるだろう。ウィルは、英雄なのだ。父に会ったのなら、魔王城に来た事になる。魔族に沢山会っているはずだ」


「今の伝書使みたいに普通にしていたら、キーシャの正体が知られる事はない。だから、何も気にせず背筋を伸ばした状態で、歩いたらいい」

 と、私は遠方の伝書使を眺めた。


「…ありがとう」

 と、キーシャは何故か恥ずかしそうに言った。


「えっと…キーシャ。何故、そんなに恥ずかしいのだ?」


「そこまで魔族を信じてくれる者は、今までいなかったからだ。少しだけ嬉しかったのだ」


 私はキーシャを見た。やっぱり、これまで英雄として教えられた魔族らしさは、一切ない。街で見掛けそうなお年頃の少女である。不思議と、守りたくなる感じがした。英雄の時に人民の盾になっていた時のように。自分の剣をその人のために振りたくなった。

 だけど、一旦その気持ちを振り解いて、目の前の事に集中した。


「次の街には寄らないでおこうか…キーシャの特徴が知られたりしていたら、少々面倒な事になりそうだ」


「分かった。済まないな、ウィル。あの時、あいつの腕を斬り伏せるべきだった」

 と、申し訳なさそうな口調でキーシャは物騒な事を述べた。


 私は頭を左右に振った。

「いや、あの時の選択は間違っていなかった。キーシャは人に危害を加えないために、仕方なくその選択を選んだのだ。だから、後悔はしないでくれ。今回の事も、そこを避ければいいだけだから」

 と、私はキーシャを落ち着かせた。


 あの時のような正しい判断を、これからも行って欲しいと願いながら。

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