逃亡開始

 人がいない門の近くを見つけると、そこで私とキーシャを纏う陰を解除した。もし、見ている人がいたら、突然何もない場所から現れた陰から人が、出て来るように見えるだろう。

 キーシャも移動した事に気付いたようだが、いきなり色々起きたから何と反応したらいいか、分からなさそうだった。


 私はそんなキーシャのフードを被らせた。角が隠れて、普通の少女に見えるようになる。やっぱり、男達が声を掛けたくなるほど、綺麗なのかもしれない。


「今からこの街を去るから、門で変な行動を取らないように」


 頷いたキーシャを連れながら、門にある検問所を通る。冒険者の身分書を手渡した。


「貴方の名前はウィル・アイガンで合っていますか?」

 と、私の剣を見ながら、衛兵が聞いた。


「はい」


 衛兵は今度、キーシャの方を見た。

「こちらは?」


「キーシャと言います。途中で知り合った仲ですが、冒険者ではありません」


 流石に魔王の名でもある、ゾグロフの苗字は言えない。魔王の名が知られているか知らないが、気を付けた方がいい。

 次の街では、冒険者の身分書をキーシャに作れば便利かな。と思った。身元もないより明らかになる。そして、他国にも行きやすい。


「そうですか。どうぞ、行ってらっしゃい。またのお越しをお待ちしております」


 差し出された手を軽く握ってから、去った。

 キーシャが魔族と知られた今、戻る事はなさそうだが。


 検問所を出てから、後ろの衛兵達が騒ぎ始めたのを見た。丁度今頃、魔族の情報がこの場所にも伝わったのだろう。だけど、もう街の外に出たので、捕まる事はないだろう。


 当の本人である、キーシャを見れば、どこかに隠していた食べ物の残りを齧っていた。食べ歩きと言う文化も、珍しいのかもしれない。


「あの力は何なのだ、ウィル?」

 と、食べ終わったゴミも直したキーシャが聞いてきた。


 きっと逃げる時に使った、あの陰の事を指しているのだろう。


「キーシャは人が使える不思議な力を知っているか?」


「見た事はないが、聞いた事はある。自然界にある力を取り込む事で、人にはない力を持つ、とか…」


「そうだ。その力は一人一つしか持てない。有名なのが、五大使いとされる、光使い、炎使い、水使い、風使いと、土使い。だけどたまにそれ以外の力もある。それは闇使いだ。だけど、闇は異端とされる」


「だから、ウィルは極力使わないのか…剣だけで十分強いから」


「まぁね。闇は何もかも支配下に置ける。私は陰に移動出来る、強力な闇使いなのだ。教会に知られたら、どうなるか分かるだろう?」


 キーシャは悲しそうに頷いた。


 人々を守る存在であった英雄が、今度は人々に殺される存在となる。

 たとえ悪い事に使わない、力であったとしても、闇の悪いイメージは大きい。

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