キーシャ:記憶

 私が人と始めて出会ったのは、遥か昔であった。

 今でも、その日を思い出せる。

 何故なら、忘れられない日でも、あるから。


 その日、父の大きな背中を初めて見た。


 

 あの日も、同じように森を歩いていた。

 初めて一人で外出が出来ると、心から喜んでいた。

 これまでは、危ないからと、ずっと禁止されていた。


 太陽に照らされながら、歩いていると、茂みから音がした。

 私は好奇心から近付いた。

 茂みに隠れる動物がいる、と思い。

 すると、陰から男が出て来た。


 それは、初めての人類との出会いだった。

 

 私を見ると、目を大きくし、腰の剣を抜いた。

 それは、人で言う、冒険者であった。

 何も言わずに、男は私に向かって来た。

 剣を真っ直ぐ、向けながら。


 私は恐怖で動けず、頭を左右に必死に振った。

 まだ、死にたくなかった。

 まだまだ、やりたい事が沢山あった。

 ここで、命を散らしたくなかった。



 目を閉じると、風が吹いた。

 何かが倒れる音がした。

 が、痛みは体のどこからも、来なかった。


「大丈夫だよ、キーシャ。もう何も恐れる事はない」


 父の声がして目を開けると、大きな背中が見えた。

 あの笑顔を見せながら、父は後ろに振り返った。

 温かい手を頭に置いた。


「よく頑張ったね。もう、恐ろしいものはどこにもいない」


 それは、父が人類を一人殺した事を意味していた。

 が、当時の私はそれが分からなかった。

 ただ、父が私を敵から救ってくれたのだ。と思った。


 父は快楽的な殺人者ではない。

 ただ、私達、家族を守ろうと、いつも行動していた。

 だが、人が生きるこの世では、

 そんな些細な夢も代償が大きいのだった。


 魔族と言う、私達は人類と比べて、強過ぎる。

 ウィルと言う、英雄に縋るようになるほど。

 だから、全ては仕方のない事であると、しか言えない。


 私達とウィルの関係は、強者と弱者でもない。

 悪と正義でもない。

 何故なら、ウィルは自分の行動を、正義と思っていない。 

 仲間であり、ある意味、似た者同士なのかもしれない。




 肉を焼く匂いに釣られて、私は目を覚ました。

 暗い空間を灯す、炎が目に入る。

 ウィルが焚き火で、肉を焼いている。

 美味しそうな匂いが風に運ばれて来る。


 丁度、私のお腹が鳴った。

 恥ずかしそうに下を見ていると、ウィルが肉を手に歩いて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る