暗闇の狩り 2

 魔獣との距離は、瞬きをする毎に、近付いて来る。

 キーシャに当たる直前に、私は体を間に滑らせた。

 魔獣の首に一直線に、剣を斬り込む。

 切り口から、赤い血が溢れ出る。

 生温い血が、顔に掛かる。剣も伝い、手に流れる。


 だが、すぐに冷たくなっていく。

 瞬く間に黒い靄へと姿を変えて、消える。

 地面に血が当たる直前に。


 倒した魔獣を見ると、黒い靄が消え、普通の獣の姿に戻っていた。

 赤い瞳も消えていく。

 黒い靄が獣を凶暴化させていたのだった。

 生命体を狙うように、と。


 私は振り返り、気持ち良さそうに眠るキーシャを見た。

 飛び出た血は黒い靄へと変わったため、彼女が血塗れではなかった。

 もし、血塗れで目を覚ませば、寝起きはさぞ最悪である。

 私でも、悪夢が数日は続くと思う。

 今回だけ、魔獣である事に、心から感謝した。



 私はある事に気付いて、動きを止めた。

 英雄の時、魔獣は魔族の使い魔と、教えられていた。

 だから、魔族の魔に獣を付けて、魔獣と呼ぶ事にしたとも。

 が、魔王の娘である、キーシャに対して、魔獣は突進を止めなかった。

 何故か?

 それは、一つしか言えない。

 人の言う事が、真っ赤な嘘であった、と。



 なら、何故、魔獣と魔族を結びつけるのか?

 それは、その方が都合の良い者達がいるからだろう。

 人の闇は深く、残酷で、何よりも非道である。

 魔王のように誰かを自らの命で守ろうとしない。

 ただ、この世を生き延びるためにあらゆる手を使い、犠牲者を出しても、見て見ぬ振りをする。

 だから、不正も戦争も行える。

 魔王より、魔族よりも質が悪い。

 それが、人。人類である。

 自分の血にも、流れていると知り、罪悪感以上の気持ちに理性が押される。


 私は気分が悪くなり、剣で何とか踏ん張った。

 獣の虚な瞳が視界に入り、益々吐きそうになる。

 自分が導き出した、答えが重く伸し掛かる。


 近くの木に手を置くと、ゆっくり身を下ろした。

 空を見上げながら、何とか気持ちを持ち堪えさせる。

 ここで倒れたら、次、襲われた時に対処が出来なくなる。



 落ち着くと、重い体を動かしながら、解体を始める。

 血の匂いに誘われて、何がやって来るか分からないからである。


 自分で仕留めた獣が、今日の晩餐となる。

 この世界は強者が勝ち、弱者が負けるからである。

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