暗闇の狩り

 ここの森には獣が多くいる。

 耳を澄ませば、一匹が近くでこちらを見ている事に気が付いた。

 こちらが狩られるのか、こちらが狩る存在なのか。

 向こうにとっても、分からないものだろう。


 下手をすれば獲物にされる。

 意味するものは、死以外ない。

 負ければ死ぬ。

 それが自然での理である。

 それは、両方とも認識している。


 だから、手を組むなどと言う事は、考えない。

 それは、不可能だからである。

 双方ともが、腹を減らしている。

 どちらかが、晩飯になるのは、必然的である。



 手元の石を彼方に投げる。

 気を取られている隙に、私は近くの木に身を隠した。


 木に登る事も出来るが、背後から襲われる可能性もある。

 そして、剣で戦う、剣士なので、近距離にいる必要がある。

 だから、木に登る事の利点がない。

 

 隠れた事に気付かないまま、魔獣が姿を現した。

 体の周りが黒い靄で覆われているため、辺りがより一層暗く見える。

 その靄からは、血のような赤い瞳が、こちらを睨んでいる。


 ──魔獣。

 それは死を恐れない、生き物である。

 獲物を見つければ、幾ら傷を負おうと突進してくる。

 目の前の獲物を捕まえるために。

 自然界を荒らした挙げ句、現在はその頂点に立っている。


 これまで多くの人が魔獣で、命を落とした。

 瀕死の怪我を負わせても、狂うように突進し、何も効かないから。

 死が怖くない魔獣に取っては、炎さえ、恐れるものではない。


 その不気味さから、悪に取り憑かれた変異種、と言われている。

 生に執着する人からは、魔獣が理解出来ない。

 何故、そこまでして、自分達を殺そうとするのか?

 何故、死を恐れないのか?


 

 私は魔獣を観察しながら、深呼吸をした。

 魔獣に当たるのは、正直言って運が悪過ぎる。

 普通の獣なら、まだしも、魔獣である。

 ベテランの冒険者でも、やられる事があるほど、恐ろしいものである。

 今は、こちらに気付いていないから、まだ戦える。

 私は、剣を握り直した。


 魔獣が頭を下げた。

 消えた獲物を探すように、赤い瞳を細める。

 地面で眠るキーシャを見つけると、突然息を荒くさせた。

 本人から了解を得ずに、囮に使うのはよくないが、今回は許してもらう事にする。

 地面を数回蹴ると、頭を上下させる。

 そして、全力で魔獣は向かって来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る