旅の始まり

 英雄になる前に使っていた冒険者の身分証を使い、首都の検問所を通る。

 ここでは、悪人らしい顔をしていない限り、止められる事はない。身分証もさっと目を通すだけで、じっくりは見られない。偽名を使っている訳ではないが、本名だとしても誰も気付く事はない。

 英雄の名前は、知られていないからである。


 誰かに気付かれる前に移動しているので、手配書もまだ作られていない。移動で、もたもたしていれば、下手をすればここで捕まってしまう事もあり得る。

 が、そんなへまはしない。


 検問所の衛兵が、私を見ながら聞いた。

「どのようなご予定で?」


 この質問に対しては、無難な事を答えていればいい。ここで変な行動をすれば、逆に怪しまれる。


 向こうの、余りのやる気のなさは、無視する。夜勤のようで、衛兵の目にクマが見える。

 だからと言って、弱そうではない。体を見ると、その強さは窺える。

 先程から、剣が抜けるように何かと空間を、無意識に維持している。


 戦う気ではないが、ついつい見てしまう。

 強い者を見た時、冒険者としての好奇心が。

 冒険者は所持が許可されているので、自分の腰にも、剣が吊るされている。

 昔から愛用している物なので、英雄らしさはどこにもない。

 何度も買い換えるよう、強要されたのを、ふと思い出した。


「旅行です」


 帰郷するため、とも答えられた。

 が、私にはもう家族がいない。帰る家などないのだ。

 だから、下手な嘘を付くより、事実を言った。

 これから、新しい旅に行く、と言う事は本当である。


 衛兵は、私に手を差し出した。

「お気を付けて下さい」


 これは、見送る時に衛兵がよくする行動である。

 が、今回は何とも気持ちよかった。


「ありがとう」


 私は衛兵に同じように、手を差し出した。


 しっかりと握ったまま、頷くと私は歩き出した。





 衛兵は、後ろ姿を眺めていた。

 頑丈で手入れされた、剣を持つ青年は、きっとランクの高い冒険者なのだ、と。


 だが、どこかで見たような気がして、頭を捻っていた。


 果たして、どこで見掛けただろうか…


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