彼に捧げるレクイエム

影冬樹

プロローグ

 私は何者だろうか?

 そう誰かに聞けば、きっと同じ答えが返ってくる。

「貴方は英雄です」、と。

 英雄。英雄…

 どこに行っても、私は英雄と呼ばれる。

 時には、様付けで「英雄様」とも。

 だが、一度も他の名で呼ばれた事がない。

 私は英雄であるが、英雄が私の名前ではない。

 いつでも英雄と呼ばれると、心の奥から疑問が湧いてくる。

 彼らは、英雄だけが欲しいのではないか。

 私以外の誰かでも、それが英雄だと満足するのでは、と。


 彼らは私を名前では決して呼んでくれない。

 私の家族は、もうこの世にいないので、子供の頃のように呼ばれる事もない。

 昔の友達も、遠く離れ過ぎた私に、手が届く者はいない。

 

 私は英雄であるが、英雄が私の名ではない。

 遂には、思ってしまう。

 英雄として、思ってはいけない事であるが…

 

 私は何のために戦っているのだろうか?


 人類の平和のため、悪と呼ばれる魔族と戦う。

 が、何故だろう?

 何で私はこんなに虚しく、感じるのだろうか?


 悲しい事に、そんな些細な疑問にも、答えてくれる人は周りにいない。

 私が気軽に話し掛けられる人もいないのだと、思い知らされる。




 気付くと、いつの間にか私は、荷物を纏めて、その場から去っていた。

 荷物は、何とも少ない。英雄であったのか、分からないほど。

 愛用している剣と、少なからずの貴重品。

 誰かとの思い出の品もないので、すぐに荷物を纏める事が出来た。


 後は、気配を殺しながら、進めば、誰も私の逃亡を知る事はなかった。

 本当は誰かに気付いて欲しかったな、と思いながら。

 私は、闇へと消えて行った。


 さようなら。

 その一言を呟くのに、悲しさなどなかった。

 あったのは、またもや、虚しさである。

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