第4話

 夏休みも終わり、突貫工事で宿題を仕上げて新学期が始まった。千秋ちゃんとはベンチで妙な別れ方をしてから、お互い連絡していない。でも休み時間に千秋ちゃんは、わたしの机までやってきた。そして、わたしに頭を下げた。


「この間はゴメン!スペアだなんて、ひどい言い方してしまった。ママに言ったら、わたしがあなたのスペア作ったら怒るでしょう、って言われた。それでやっとわかった、本当にバカなことを口にしたと反省してるからごめんなさい」


 千秋ちゃんは必死に謝ってくれる。わたしは真実を打ち明けた。ミウが亡くなったことや、しばらく部屋に引きこもったことや両親との問答などを。話は休み時間では足らず、放課後改めてする約束をした。


 学校からの帰り道、わたしと千秋ちゃんは元の仲のいい友達に戻って話し続けた。


「ママは動物のアレルギーがあるから飼えないんだって。でも慣れたら免疫ができて大丈夫かもしれないとも昨日言ってた」

「そうなんだ・・千秋ちゃんのママ、アレルギーなんだ」

「でも本当は動物が死ぬのを見るのが怖いんだって、子供のとき辛い経験してから同じ思いしたくないみたい。アレルギーってのは言い訳かも」

「うん、人にはいろいろあるよ」


 千秋ちゃんは感心したようにわたしを見つめた。


「愛子ちゃん、十歳なのに大人みたいだね。すごいよ、自分の考えちゃんと持ってる。尊敬しちゃうわ」


 とんでもない、お父さんの受け売りです。まだ子供だから大人に、というか親にはもろ影響をうけます。だって、わたしはまだ発展途上の人間なんだから。


 狭いアスファルトの道からは日中の熱のなごりが感じられる。空は晴れているのに急に小雨が降り出した。わたしは千秋ちゃんと別れて家路を急いだ。雨あしはしだいに強くなり、空も暗くなっていき、わたしは近くの家の軒下に走り込んで雨宿りをした。庭のピンク色の朝顔に目をとられ、ふと気づくと田中さんの家の前に立っている。


 ミウも雨宿りをしていたことを思い出し、涙が自然に頬を伝う。雨が降っているから泣いているなんて通行人にはわからない。


 幽霊でもいいからミウに会いたいな・・


 わたしは天を仰いで祈った。


 蛍光灯みたいに白光りした空から銀色の雨が地上に振り落ちる。思わず我を忘れて、また無心に祈り続ける。田中さんの庭で何かの影が動いた。目を凝らして視ると、茶トラの風格のある猫が灯籠の前で行儀よく座っている。年はとったけどミウと恋仲の、田中さんの家の猫だ。生きていたのか・・ちゃんと田中さんの家に戻ったんだ。


 わたしは嬉しくなり、猫の姿から目が離せなかった。雨のせいか彼のシルエットがぼやけていき、辺りも薄暗くなっていく。いつのまにか彼のそばには、別の猫がいた。その姿はまぎれもない、わたしのミウ!いとしい、いとしいミウ!


 金縛りにあったみたいにその場を動けなかった。


 彼らの甘えたような声。


 じゃれ合う二匹のシルエット。


 嘘のような光景がぼやけ、かすんで、だんだんとフェードアウトしていく。


 ・・幻だったのだろうか?

 最後に会いに来てくれたんだね。


 二匹が消え去ったあとも、わたしは一人ぼっちで立ちつくしていた。誰の姿もない。雨はやみ、空の明るさも戻る。田中さんの庭からは、たくさんの虫の音が聞こえていた。


 秋が近づいているのだった。

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