ミダスを乱す

@undoodnu

ミダスを乱す

 私は触れたものを皆、純金に変える能力を手に入れた。他の皆にとっては路傍の石であっても、それは私にとっては金の石と相違無い。私は金を大量に生み出し、売却益で豊かな生活を送ることを可能とした。

 私が食べ物に直接触れてしまうと、食べ物が金に変わってしまうため、自分一人の力では食事ができない。また、風呂に入ろうとした時、自分で自分の身体を洗うこともできない。

 私は全てを手に入れたかのように思われることが多いのだが、実はそんなことは全くない。心が満たされていない。私が人に触れようとすると、その相手は一瞬で仰け反ってしまう。金塊になることを恐れて、だ。当然かもしれないが、私は悲しい。

 ある時、私の元に一人の女性がやってきた。

「私はコンフと申します。街で家政婦の仕事をしています。私ならば、あなたのお悩みを解決できるかもしれません」

 コンフと名乗る女性は言った。

「どういうことでしょうか」

 私が訊くと、コンフは私の手を取り、自分の手のひらと私の手のひらを合わせた。

 普段ならば、ミシミシと音を立てながら、私の触れたものが金に変わっていく。だが、今回は違った。コンフの手のひらからは温もりを感じ、金に変わった様子も無い。

「私は、今まで自分が特殊な人間であることに気が付いていませんでした。ところが先日、とある男性にプロポーズされて、金の指輪をプレゼントしていただいたのです」

 私ならば、鉄でできた指輪を金に変えることは朝飯前だが、茶々を入れるのは無粋というものだ。黙っておくことにしよう。コンフは先を続ける。

「私は彼からのプレゼントを喜んで受け取りました。するとどうでしょう。金の指輪が、プラスチックの指輪に変わってしまったのです」

 私は思い出していた。プラスチックの指輪を大量に仕入れて、金の指輪に変換して販売するビジネスを行っていたことを。その流通先の一つが、コンフにプロポーズした男性だったということなのだろう。

 コンフの話で私は理解した。コンフは、私と正反対の能力を持っている。私が触れて金にしたものをコンフが触れることによって、元の物質に戻すことができる。

「私は彼にはフラれてしまいました。『せっかくのプレゼントを台無しにしやがって』と彼は怒りました。その時、私はあなたの存在を思い出したのです。あなたは何でも金に変えることがある。でも、本当は変えたくないものもあるのではないか。私はそう思ったのです。私がそうであったように」

「確かにその通りです。私は何でも金に変えられる。ただし裏を返せば、望む望まずに関わらず、身の回りのものが全て金になってしまう、ということです。全てが金に変わるという現象は、最初は楽しみ、興奮もしたものです。得るものがたくさんありました。付いてくる人もたくさんいました。でも、それは私にでは無いのです。この能力になのです。金になのです」

 私は下を向いた。私が手で触れたものは金に変わるが、足で触れたものは金には変わらない。この地面を踏みしめることはできる。歩いていくことはできる。

「私をあなたの傍に置いてはいただけないでしょうか? 私のこの役に立たない能力を、あなたのためになら役に立たせることができるはずです。私の生きがいになるかもしれません。私に救いをいただけないでしょうか?」

 私は顔を上げて、コンフの目を見た。最近は金目当ての人間とばかり付き合ってきた。皆、目がギラギラしていて、隠すことのできない欲望が溢れ出していた。コンフはどうだろうか。助けを求める目。懇願の目。そんな気がする。私は今、どんな目をしているのだろう。コンフと同じかもしれない。正反対の能力を持つ、似た者同士。その不思議な関係性に触れてみたいと思い、私はコンフと一緒に暮らすことを決めた。

 コンフは、その手で触れた金を元の物質に戻す能力を持っているという点以外は、至って真面目で、素直で、素朴で、魅力溢れる女性だった。私はコンフとの生活を楽しく過ごしていった。

 食事の時、私はパンを食べようとするが、そのパンは金になってしまう。そんな時、コンフは金となったパンに触れて、元のパンに戻してくれる。私がパンを食べ終わるまでの間、コンフがパンを触り続けていてくれるおかげで、私はパンを食べることができる。

 私はコンフのことが段々と好きになっていった。私といつも行動を共にしてくれる。日常生活が全てにおいて困難な私に、そっと手を差し伸べてくれる。コンフへのプレゼントも考えたが、私が与えられるのは金だけであり、私が与えた金はコンフが触れると元の物質に戻ってしまう。私の恋が進展することは無かった。

 コンフは私と生活を共にしていく上で、当然ながら私が生み出した金に触れることが多かったのだが、その時にちょっと手が滑って、私の体に触れてしまうことがあった。最初は、本当に手が滑っただけ、という感じがした。だが次第に、特に何もしていない時であっても、コンフは私の頭を撫でたり、肩に触れたりした。

 コンフも私のことを好きなのかもしれない。確かめるためにも、思いっ切り抱きしめてみたくなる。でも、それはできない。コンフがただの金になってしまう。金を元に戻せるのは、コンフだけだ。

 コンフからのスキンシップは増えていく。私のフラストレーションも増えていく。

 どうしようもなくなった私は、自分の頭を抱えた。


(了)

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