第4話
次の日、落ち着かない様子で
数分が経ち、教室からある女の子が出てきた。明るい女の子である。決して、賑やかであるとか、うるさいという印象ではなく、
「あ、ごみでいっぱいだね、捨てに行ってこようかな」
こんな会話が果たして自然か不自然かは言うまでもない。智にとって、そんなのはどうでも良かった。というよりは、あまり気が回らなかったようだ。そして、話しかけるという目的を達成したのだった。話題はたんまり用意していた。というのも、昨日の放課後にみっちり雫から情報を流してもらったのだった。
昨日の駅。
「それで智、私は何をすればいいのかな」
「何ならできる?」
「質問に質問で返すな。…私にできることねえ」
雫はしばらく考えて、ふと別の疑問が湧いた。智ってどれくらいあの子のこと知っているんだろうと。智とあの子が話しているところは勿論見たことが何度もあるのだが、大抵あの子は聞き専になっている情景が思い出された。もしかしたら、智はあの子自身のことはあまり知らない、というよりあの子が自分のことをあまり話していないのでは。
「あの子の情報とかってどう。智って案外あの子のことあまり知らなそうだけど」
「言われてみれば…そうかも」
良くも知らないくせに、好きだのなんだの思うってどれだけちょろいんだお前は、と雫は憤慨した。勿論脳内でだが。その勢いのまま、あの子のことや雫自身とあの子の関係など、詳しくあれこれ話した。垂れ流した。
昨日、少し話しすぎたのではと今更ながら思う雫もまた、智の様子が気になり、廊下を徘徊していた。智と件の女の子は同じクラスだが、雫だけ違う。それほど自教室以外に入ることが取り立てて難しい訳ではないのだが、よほどの頻度で出入りしてしまって目立つのも
後ろ姿が見えた。なぜ智はゴミ箱を漁っているのだろう。それと、あの子もいた。ちゃんと、仲良く話していた。雫に気付く様子はまったくない。相当話に夢中なんだろうか。そう思ったら、耳を澄ましてしまうものだ。めづらしくあの子が自分の好きなことを熱心に話している。そんな彼女をニタニタとしつつもやはりゴミ箱をイジる智。それは当然、雫に気付くはずもない。雫自身のお陰で。
居づらくなった雫は
じゃあゴミを捨ててくるね、そう言ってゴミ袋を担ぐ智。女の子も教室の中へ戻った。廊下の先にはしーちゃんの後ろ姿があった。いや、恩人である雫様である。こんなに話し込んだのは初めてかもしれない。いや、初めてだった。智は、多少は昨日の感謝を伝えておこうと思い、早足で近づく。と、途端に足が止まった。
トボトボという擬態語がよく似合う歩調だった。あの子に負けないくらいに明るいしーちゃんの、そんな雰囲気を目にしたのも初めてだった。昼休みの喧騒の隙間をすっと通り抜ける風のよう。喧騒が喧騒として、意味のない雑音と化し、嗤う声だけが響くよう。そこまで長くないはずの廊下が、まるで延々と続くトンネルのよう。歩調とともに揺れる肩。数十倍、数百倍に引き伸ばされた時間を智は感じた。
疑問は疑問のまま、今日の授業は終わり、帰路につく。あの子は部活へ友達と小走りで行った。
「ちゃんと話せてたじゃん」
ぼんやり頭に投げかけられた、桜のような口調。智は一人、駅にもやもやを持ち込んでいた。ベンチに腰掛けて、足を伸ばし、空を仰ぎ見た。やっと昼休みの時間の緊張が和らぐような感覚があった。伸びたまま、すとんと足を地面に落とし、雲を数えるが、やはり頭は何やらすっきりしていなかった。
「ああ、うん」
予想外にテンションの低い智の隣に座る。そして、雲を鑑賞する。
「でもゴミ箱の前は無いわ」
雫は嗤った。それでも、雲を掴むような気の抜けた反応しか返さない。取って付けたような感謝の言葉も、全く心が籠められていない。心ここにあらず。何かあの子に言われたのだろうか。雫にも疑問が浮かび始めた。あれだけ話にのめり込んでいたのに、何がそこまで落ち込ませているのだろうか。そもそも、智は落ち込んでいるのだろうか。自分の提供した情報で、万一そうなったのだったら謝らなければならないが。ふわふわ行所知らず。
しーちゃんは笑っていた。智の混乱は更に深まった。あの昼休みの後ろ姿の理由が知りたいが、あれだけ落ち込むような内容をなかなか聞き出せない。
なぜ放課後に駅で鉢合わせたのか。実際はただの偶然とは言え、そんな疑問は二人共全く脳内に無かった。
会えたね 如何敬称略 @SugarCastle
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