第2話

まだ外は暗かった。


携帯で時間を確認すると、朝の六時。


体全体が重く感じられた。このまま、ベッドに、布団に甘えていたいと思った。しかし、それでは何も変わらないと思われた。


冷たい床に足を下ろし、立ち上がる。窓の外の電灯はまだ仕事中のようだ。さとしは一人、ジャージを着て外へ出た。


雲のない空はまだ暗く、大きく感じられ、より一層ひんやりとした空気が降っていた。道路の隅に生えている花卉は点々としていて、閑散としていた。


川の方へ向かってトボトボと、色々なものを感じながら歩いていた。明け行く空の深い青を背景に、無機質な電柱を数えたり、吹き抜けるそよ風の音を聞いたり。


川沿いに植えられた桜の木が見えてきた。こちらも、まだ咲いていなかった。むき出しの木が、等間隔に並んで植わっている。見下ろす川面はまだ割れるような冷たさをまとっていたが、流れ行く先は今にも日が登りそうで、熱を感じるようだった。


ひんやりとしたベンチに腰掛け、今日の訪れを待つ。ふと、思い出す。


まだ出てきたばかりの太陽の光を浴び、かじかむ手で竹箒を掴み、掃く。学ランのホックまで留めていると寒くなかった。咲き始めると一気に満開かと思うほどにまで立派に華をまとった桜のそばで、智はいつものようにその日も掃除をしていた。校門をちらちら確認して、待ちながら。


「終わったんだな…。」


目を瞑っていたが、川下の方から光を感じた。暖かかくなってきたと感じる頃には、既に太陽は顔をすっかり覗かせ、今日を迎えていた。


空腹を感じ、コンビニへ寄って軽く朝食を調達し家へと戻る。帰る途中、花卉も風も空も、まるで違うものに見えた。食べ終わると、急激に脱力感に見舞われ、そのまま眠気に体を預けた。


時刻は朝の十時を回った。


「おはよう?おそよう?それとも、おきよう?」


智の携帯が、しずくからのメッセージを通知した。手があたり、そのまま暗いベッドの隙間に吸い込まれていった。


浅い眠りに浸っていると、正午を過ぎて午後一時になろうとしていた。


ゆるりと空腹に襲われ、智は袋麺を調理する。この曜日のこの時間帯のテレビは程よく面白くない。最高に日曜日を演出してくれる。作った具無し「うまかっちゃん」をすすりながら、そんなテレビをボーッと眺めていた。今日はとことん何もしてないし、する気分にもならなかった。


やはり、原因はあれしかないのだろう。


智自身、あの頃の自分はちょろすぎたのではと思う。後輩でしかなくて、それ以上の存在になんて成れるはずもなかった。ちょっと悩みを聞いてくれただけで、それ以上のことはなかった。智が一方的に依存していたに過ぎなかったのだ。千種ちぐさ先輩のことなんて何も知らないに等しかった。…知っていたら、県外に進学することだってもっと早く知っていたはずだ。


時間を持て余し、積読の消費を進めた。ラブコメだった。あまりにヒロインがちょろすぎて、笑えた。それでも、ヒロインは全力で主人公に尽くそうとしていた。


一巻を読み終える頃に、午前から出かけていた母親が帰宅した。


「電話くらい出なさいよ」


どうやら、一時間ほど前に晩御飯の希望調査で電話を掛けていたらしい。智の携帯はと言えば、闇の中。その後捜索隊約一名、智隊長の懸命な努力により、ベッドと壁の隙間から救出された。母親からのとは別に、しーちゃんからもいつもの日曜日と同じ時間帯にメッセージが入っていた。


智「ごめん、今見た」

雫「遅えわ。今日はなにか用事でもあったの?」


すぐに返信が来た。


智「いや、ほとんど寝てた()」

雫「…おきよう(^_^;)」

智「まあ、何も無かったわけではないかな」

雫「ふうん?」

智「うん、大したことじゃないんだけどね。覚悟決めたって感じ」

雫「そっか?」


雫はただならぬ智からのメッセージにどう反応すれば良いか少し悩んだ。少しでも、力になれることは無いか、もっと話を聞いてあげたい、とか。


智「少し相談がある」


雫は間髪入れず返信した。


雫「どんとこい!(#^^#)」

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