期待
田土マア
期待
誰かの期待に応えたくて、ただ愛されていたくて、そしていつか愛することが出来たら。
私は大学生になって一人暮らしを始めた。地元から遠い地で生活を送る。
初めての一人暮らし、初めてのバイト。慣れないことばかりで疲れも溜まる。
それでも親元を離れられたのは正解だと思う。私の親はきっと毒親と呼ばれる類だ。主に父が。
ことある事に私に罵詈雑言を浴びせ、酷い時には暴力を振るわれることも少なくなかった。いつからか、私は人の顔色を伺い、相手をいかに不機嫌にさせないかに重きを置いた。
「誰が養ってやってると思ってるんだ」
「親に対してその口の利き方はなんだ」
「お前一人の存在では何も出来ないんだ」
「親を敬えない奴が誰を敬えるんだ」
とにかく、常に上から圧力をかけられた。親を尊敬して当たり前、親の言うことは絶対。
そんな環境で私は育った。もちろん父の言った言葉が必ずしも間違っているとは言いきれない。怒られる私にだって原因があるのだから。
それでも、いつどこで罵詈雑言を浴びせられるか分からない環境には居たくなかった。
だから遠い地を選んだ。もちろん慣れない生活で疲れることはあったけれど、友達も出来て楽しかった。
しばらくそんな地元のことなんか忘れていた。
ある日、母から電話があった。
「そっちの生活はもう慣れた?」
「うん、少しはね」
「そうなの、なら良かったわ。」
久しぶりに聞く母の声に安心した。母は私の言葉を聞いてくれた。私に命を与えてくれた。
母と他愛もない会話を少し続けると
「待ってね、お父さんが話したいって、電話変わるわね」
私は不安になった。また何か言われるかもしれない、そう思うと私は心のシャッターを少し閉めた。
「もしもし、電話変わったぞ」
「あ、父さん、もしもし?」
「そっちの生活はどうだ」
「うん、なんとか生活送れてるよ。」
「バイトの給料はどれくらいだ」
「今月は八万ちょっとだったよ、」
「そうか、もっとバイト増やしたらどうだ、シフト増やして貰えないなら、掛け持ちも視野にいれたらどうだ?」
「うん、そうだね。でも、今月はテストもあって、店長と相談して無理のない範囲で働かせてもらってて、テスト終わったらまたシフト入れてもらうつもりしてる。」
「その口の聞き方はなんだ?テストなんて関係あるのか?お前が生活を送る方が優先なんじゃないか?お前はこっちから出ていく時に一人で何とかするっていう約束をして出ていったんだろ?違うか?なのに仕送りを頼む?虫のいい話じゃないか」
父の説教が始まる。私は確かに基本的にバイトで生活を送るから、と言って約束はした。でも、いざお金が無くなってしまったら頼れと言ったのも父だった。自分の矛盾なんて棚に上げ、私否定が始まる。
父の満足するまで説教をされた私、電話が終わった後に一人絶望の淵に立っていた。
私、頑張ってたはずなのに、父さんは認めてくれないんだ。頑張ったとも言ってもらえない、もっとやれ。私は頑張っていないのかな。
友達は最初の給料二万四千円だと親に言ったら頑張ったねって言ってもらったらしい。
それが普通なのか、珍しいのか私には分からなかった。
私も友達と同じように頑張ったねって言ってほしかった。誰かに認められたかったんだ。そしてその誰かは父だった。昔から否定ばかりで私を見るような事はしない父に見て欲しかった。私を認めて欲しかった。
暗い闇の中に私の意識は沈んでいく。
結局どこにいても、私は否定され続けるんだ。
私の存在する価値は?生きる意味は?
誰にも認められず、否定され続ける人生。私はもう疲れきってしまった。溢れる涙が止まらなかった。抑えきれなかった声が口から漏れる。
私は父に何を求めていたのだろう。認めて貰うことで何を感じたかったのだろう。
きっとそれは愛だった。認めることで愛されていると感じ、私は生きていてもいいと思いたかった。
私は父に愛されなかった。
母もまた父に愛されなかった。
私の目の前で母を殴る父、家庭環境が良いか悪いか聞かれたらもちろん悪いだろう。私はそれが当たり前だと思っていたし、間違っていると気づいたのはつい最近だ。
俗に言う私はアダルトチルドレン。
人に愛されることがなかった。特に親からの愛情を私は知らない。だから私は人を愛せなかった。
どう愛してあげればいいのか分からない。
いずれ大人になれば分かると思っていたけれど、結局何も分からないし変わらない。
愛を知らない人は、人を愛せない。
もし私に子供が生まれたら、私はその子を愛せるだろうか。
誰か、私に愛を教えてください。
期待 田土マア @TadutiMaa
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