第35話 パワーアップ
人々の熱気。
接戦を制したことで盛り上がりも凄い。
あの一投が良かったとか、あの一投が決まり手になったとか、それぞれがシリウス系との対戦を振り返っている。
秀将の隣にいる徳丸もその類だ。
「やっぱりあれだね、地球ちゃんの投球で三連星にしたのは凄かったよね。仕上がりは当然凄いんだけど、なんたってそうなるように軌道計算して投げているのが素晴らしいよ」
「玄人な評論になってきましたね、もはやマイスターと名乗って良いのでは?」
秀将がおだてると徳丸は益々得意になる。
「なんたってこの祭は縁日が無いからね、金魚すくいとか射的とか。だからこれを見て評論するしかない。評論スキルが否が応でも上がるわけさ」
「今スキルのレベルはどれくらいまでいきました?」
「自分じゃあだいぶ上がったなくらいしか。君はレベルどれくらいだと思う?」
「あー……40くらいだと思います」
「99が上限で40?」
「ええ」
本当は年齢がそれくらいと思っただけだ。
「あとやっぱり忘れちゃいけないのが木星ちゃんだね」
「木星もちゃん付けなんですか」
「当然。木星ちゃんはとにかくあのでかさで安定感がある。ガツンと敵にぶつかって跳ね飛ばすのが圧巻だよね」
「あー確かにそうですね。最初に飛んでって、こう……切り込み隊長みたいな」
「重量級だからぴったりなんだよ。で、だんだん投球が進んでいったところで仕上げを行うのが地球ちゃん。自力で進路を変えられるから細かい調整がし易いんだよね。そこを最大限に活かしている」
このまま放っておけば徳丸が延々と評論を重ねそうだったので秀将は路線を変えることにした。
「そういえば僕達はあとどれくらい生きてられるんでしょうね」
「もう死んでるとかじゃなかった?」
「いや、何というか死んでるにしても。この状態でどれくらいここに居られるのかなっていう素朴な疑問ですけど」
「それは考えたこと無かったな」
徳丸が考え込んでしまった。
秀将は思う。まさかこのままずっとなんじゃないかと。
『終わりにすることもできますよ』
いきなり地球ちゃんの声がする。
「いきなり来た! 終わりにするってどういうこと?」
『この祭は人間にしてみれば気長にやるものなので、無理に全部見なくても良いようにしてあります。皆さんはもう意識しかありませんから、その意識自体も消せるように、要はちゃんと死ねるようにしてあるんです。街に出口が設置してありますので、そこで申請して出口の向こう側に行けば終わりにできます』
「出口なんてあったの? 知らなかった」
秀将が感心していると徳丸が割って入ってくる。
「終わりにするなんてとんでもない! 私は最後まで付き合いますよ」
どこまでも溢れる地球ちゃん愛だ。
これだけ熱狂できるのはむしろうらやましい。秀将はだいたい何をやっても長続きしない方だ。
『次はお願いタイムになります』
会場がまたざわつき始める。
パワーアップチャンスとも言えるお願いタイムが始まった。
これまでのお願いタイムでは相手の星をもらったり地球ちゃん自体を大きくしたりしてきた。
今回は一体どんなお願いをするのか。
会場のざわつきはまさにそこだろう。
そこかしこで話が盛り上がっているが、その内容はどんなお願いにするのか予想しているのに違いない。
もう星の配置は元に戻ったようだ。会場の外に目をやると、月が見えるし太陽も見える。
元の太陽系に帰ってきたんだなと思って安心する。
空中にディスプレイが二つ現れる。
その一つには太陽系、もう一つにはシリウス系が映し出される。
どちらも星たちがぐるぐる回っている。
周囲がわいわい盛り上がっているのと同じように徳丸が予想を口にした。
「今回のお願いタイムは分かった気がする。多分アレじゃないかなあ」
「へえ、予想ですか?」
秀将が先を促すと徳丸は人差し指を立てた。
「シリウス系にはとても魅力的な星がある」
「どれだろう」
秀将はシリウス系が映っているディスプレイに注目する。どれが良いのかという判断は正直付かない。外側を回る星は木星とも張り合えるので強そうだ。そこからだんだん内側の星たちに目を移していくが、そこまでこれだという特徴はうかがえない。ではやはり徳丸が言うのは外側の星のことだろうか。
「先に言ってしまうとお楽しみが無くなるからね、加賀美君はどれが良い?」
「いやーどれって言っても……しいて言えば外側の星くらいですかね」
「あーあれね、あれも良いよねぇ」
そう言って薄気味悪く徳丸が笑う。中年が年甲斐もなく笑顔になるとニチャアっとした笑顔にしかならないようだ。屈託なく笑っているはずなんだけど屈託があるようにしか見えない。
『今回のお願いが決まりました』
地球ちゃんの声。
会場が静まり返る。
皆が地球ちゃんのお願いに耳を澄ます。
今回のお願いは何なのか。
『シリウスBをいただきます!』
秀将は想定外のお願いで理解が追い付かなかったが会場は一気にイエアーと声が挙がった。
「キタあああーやっぱりそれだ! 加賀美君やっぱりシリウスBだよ!」
徳丸も会場の皆と同じく雄叫びを上げた。
「あのーよく分からないんですけど、シリウスBってもらって良いんですか?」
秀将は理解できなかった。シリウスBは何故もらって良いのだろう。シリウスBって親玉じゃないの?
「シリウスBは恒星だけど、投げてたじゃない? だったら使って良いってことでしょ? シリウスAはもらえないと思うけどシリウスBはもらっても良いと思ってたよ」
「えーそんなもんですかね」
若干釈然としないものが残るが、地球ちゃんが指定できたということはそれでオーケーなのだろう。そう思うしかない。
太陽系を映しているディスプレイに変化が起こる。
太陽の隣に小さな星・シリウスBが出現。それが太陽と互いに回り始める。
それから、水星や金星の軌道がもっと大きな円になり、公転速度も速くなる。地球や火星、最終的には海王星やその外側を公転するプロキシマbも随分と公転軌道が大きくなった。
何だか太陽系の印象がガラリと変わった。太陽系自体が大きくなった気がする。
会場では口笛を吹く人もいれば拍手をする人も出てきて大盛り上がりだ。
『相手のお願いは金星のコピー取得のようです』
「ほほぅそう来たか、渋いねえ」
徳丸がうんうん頷いている。
「金星って渋いですか?」
「そりゃそうだよ。金星は上手く料理しないと芸術点が稼げない。対戦相手にしたらプレッシャーになるさ」
「あー確か逆回転なんでしたっけ。今まで金星が味方にいたから気にしてなかったです」
『これで今回の対戦は終わりです、ではまた次の対戦で会いましょう!』
地球ちゃんの声で会場の拍手が更に激しくなった。秀将も拍手を送った。
対戦が終わった。
ひとしきり拍手をした後、秀将と徳丸は会場の出口へ向かった。
「いやー太陽系、どこまでパワーアップするんでしょうね」
秀将がそう言うと徳丸も楽しそうに返す。
「パワーアップも留まるところを知らないね」
「なんせ連戦連勝ですもんね」
「このまま天の川銀河の代表を目指すんだからガンガン勝っていかないとね」
「地球ちゃんが生き球っていうのも大きいですよね」
「うん、まあ生き球はめちゃくちゃ有利だよね」
「チートみたいなもんですよね」
投球で自在に動けるのは明らかに有利だ。しかも太陽系だけに生き球があるのならそれは殆どチートに近い。
会場から出て街に入った。
「そういえば街にも出口があるって言ってたね」
徳丸がそう言うので秀将は問いかけてみることにする。
「行ってみます?」
「見に行くだけ行ってみようか。まあ終わりにする気はないけど」
「まあ、行くだけ」
秀将はそう言ってみたが、何とも言えなかった。
秀将もまだ終わりにする気は無い。
地球ちゃんにはこのまま勝ち続けてほしい。
しかしこのまま5戦、10戦、100戦とかになってきたら?
1000回目の対戦までいったら?
そう考えると、どこかで終わりにするんじゃないだろうか。
そんな予感がする。
地球ちゃん、太陽系はこれからも対戦を経てパワーアップしていくだろう。
秀将は思う。どこまで見られるか分からないけど。
でも、自分が終わりにしようと思うその日まで。
可能な限り見届けようと思う。
お祭りの熱はまだ冷めていない。
【完】
あとがき
地球ちゃん祭は第一話で全て出し切った一発ネタなのでその後を続けていくのが厳しくなりました。
執筆熱もムラがあり、最後の方は一ヶ月に一話書くこともできなくなり。
しかしエタるのだけは防ごうということで無理にでも完結させました。
次は何を書こうかな。
2024年8月
地球ちゃん祭 滝神淡 @takigami
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