第32話 綺麗な軌道
微妙な空気。
会場はざわつき、それぞれがどうなったのか予想を語り合っている。
しかし決定打は無いのか、どの人も考えながら喋っている感じだ。
もう太陽系の勝ちだろうと喜ぶ声も出てきた。
シリウス系の仕上がりを見ればそれも当然だろう。
これに対抗するには太陽系の仕上がりもよっぽのものにしなければならない。
今の投球でどれほどのことができたのかというと、正直微妙だ。
それなら、もう勝負は決したと考えたくもなる。
秀将もその口だ。
もう勝負はついたんじゃないか?
そう思って嬉しさもこみあげてきている。
この嬉しさは早速隣の徳丸にも共有したくなってくる。
「さて我らが太陽系はどんな仕上がりになったでしょうね」
もはや評論も気楽に行えることが声にも表れている。
今回の投球がどうであろうともう勝敗に影響は無い、だから気兼ねなく語ることができるというものだ。
そんな秀将の気持ちが伝わったのか、徳丸が口の端を持ち上げた。
「二つの星に正確に当てただけでも凄いことだよ。どうなったのか楽しみだね」
「ま、うちらの仕上がりには及ばないでしょうけどね」
「シリウス系のこの状態を見ると、太陽系の残りの星でどこまでできるかってところだね」
そうしているうちにリプレイが始まる。
シリウス系がディスプレイの中で激しく回り始める。
連星や三重連星が回る姿は見事な造形美だ。
その中で一つだけ普通に回っている星がある。
それが今回の主役だ。
その星はぐるぐるぐるぐるシリウスを周回し、やがて射出される。
自分の星系を離れ、星間空間に突入。
背景の星たちが絵のように流れていく。
「シリウスは地球から何光年でしたっけ」
秀将が確認すると徳丸は即答する。
「8光年ちょっとだね」
「この祭っていつも、どの星と対戦しても大体同じくらいの時間で星間空間が終わりますよね」
「不思議だよねえ。仮に光の速さで駆け抜けても何年もかかるのに。プロキシマでも4年、今回のシリウスは8年。そうそう、ベテルギウスなら5~600年だよ。これは光の速さを遥かに超えたとんでもないことが起きている」
「それだけ剛速球で投げてるんじゃないんですか?」
「いや、光の速度になるのもそもそも無理なはずなんだ、物体を光の速度にするには無限大の力が必要になってしまう。でも、今目の前で起きているのは光の速度を遥かに超えた現象なんだ。凄すぎる」
徳丸はしきりに感心しているが、知識の無い秀将にとってはピンとこない。
「ま、宇宙なら何でもありなんじゃないんですか」
究極のところこれに尽きる。
「うん、そうだね。宇宙のことはまだ分かっていないことが多すぎる。だから楽しいんだけどね」
徳丸もそれには納得したようだった。
星間空間が終わり、シリウス系の星が太陽系に入ってくる。
太陽系で回っているのは水星・金星・火星のみ。
シリウス系の星はまず火星軌道に近付いていく。
そして充分に星と星の距離が縮まるとスローモーションになる。
ゆっくりとゼロ距離まで近付いていく星と星。
この瞬間はいつも会場が静かになる。
誰もがその瞬間を固唾を吞んで見守る。
そして、ごつんとぶつかる。
触れ合った箇所が赤熱し、白くなっていく。
同心円状に波動が広がっていく。
シリウス系の星よりも火星は小さく、互いが離れると火星は弾き飛ばされる形になる。
この後の火星はどうなったのだろうか。
まずそこが気になるところだ。
火星の軌道を目で追っていくと、どうやら金星とニアミスするほど傍を通り過ぎていったようである。
それから火星は太陽の近くを通り過ぎ、太陽の周囲をぐるりと半周してまた彼方へ過ぎ去っていく。
「これはまた随分と長周期な軌道になったね」
感心するように徳丸が言った。
そうしていると、次はシリウス系の星が水星に当たる。
これは掠めるように当たり、水星は高速でスピンを始めた。
水星の軌道が膨らみ、金星よりも外側へ押し出される。
シリウス系の星は太陽の周囲をぐるっと半周してその後は太陽から離れていった。
「うーん、これでどうなるんだろう」
秀将は疑問を零す。
徳丸は黙ってこの行く末を見守る構えだ。
星たちは不安定な軌道でしばらく周回する。
やがて安定してくると軌道が綺麗になってきた。
太陽系の仕上がりは次のようになった。
画面右から火星がやってきて、画面中央の太陽に近付く。
火星は太陽のすぐそばを半周し、また画面右側へ向かってどんどん遠くまで離れていく。
反時計回りに。
どこまで火星は行くのだろうと目で追っていくが、元の火星軌道はおろか元の海王星の軌道もゆうに超えてしまっているのではなかろうかというくらい遠くまで行ってようやく折り返しているようだ。
シリウス系の星は画面左からやってきて、画面中央の太陽へ向かう。
そして太陽のすぐそばを半周し、画面左側へ進んでいく。
こちらも反時計回りだ。
これは火星と対を成す軌道だ。
シリウス系の星が太陽の所までやってきて太陽のすぐそばを半周する時、火星もちょうどやってきていて、この二つの星は太陽を挟んで反対側を同じタイミングで進んでいた。
綺麗にシンクロするように。
金星は画面奥側から中央の太陽に近付いてきて、太陽付近を半周してまた画面奥側へ離れていく。
金星は火星と違い、どれだけ太陽から離れても元の地球軌道くらいではなかろうか。
最後に水星。
水星は画面手前側から太陽に向かい、太陽のそばを半周してまた画面手前側に戻って来る。
水星は金星と対を成す軌道だ。
水星が太陽のそばを回る時、太陽を挟んで反対側には金星がいる。
水星と金星が太陽の周りを何周かすると、シリウス系の星と火星がやってくる。
そして、四つの星がちょうど太陽のそばを取り囲む瞬間を迎える。
四つの星は太陽に近付いたことで彗星のように尾を引いている。
尾を引いた四つの星がほんのわずかな時間だけ太陽のそばに集まり、半周して、また離散して遠く離れていく。
とても神秘的な瞬間だった。
「いやあ綺麗なもんだね、これを狙っていたのか」
徳丸はしきりに感心しているようだった。
秀将もこの太陽系を見て綺麗だと思ってしまった。
しかしそのことでわずかに不安も生まれてしまう。
この仕上がりは高得点なのではなかろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます