第20話 明るい星

『次の対戦相手が決定しました!』

 地球ちゃんからアナウンスがきた。

 秀将はベッドから身を起こした。

 本を読むのを終わりにして、それからベッドの感触を試している内に寝てしまっていたのだった。

 大きく伸びをして、洗面所へ向かう。

 そこで半分寝たまま蛇口のハンドルを動かした。

 水は出ない。

「ああ、出ないのか」

 もう何かを食べたり飲んだりする必要が無くなっているのだ。

 水も出ないのだろう。

 こういうところで、秀将は死を感じた。

 食事は生命力の象徴なのかもしれない、なんていう考えが浮かんでくる。

 ここに来る前の食生活を思い出す。

 昼は麺もの、コンビニのサンドイッチ、チェーン店の丼。

「……あれ、元々そんなにちゃんとしてたわけではなかったか」

 よくよく考えてみたら、それほど生命力を感じるほど豪華な食事でもなく、バランスも考えていなかった気がする。

 まあいいか、と秀将は外へ出た。

 集合場所へ向かう。

 目印はドーム状のものだ。屋上にドーム状の施設が設置されている家を探せば良い。

 出入口に向かう途中で一本逸れた道に入れば良いので簡単だ。

 道にはもうそれなりの人数が同じように歩いている。

 家々だけ見ていると世界中のものがあって博物館のようだが、道はよく整備された新興住宅地のようなものである。

 見えた、屋上にドームがある家。

 徳丸は既に来ているようだ。

 秀将は会釈しながら近付いていく。

「早いですね」

「それはもう。地球ちゃんに呼ばれたらすぐだよ!」

 徳丸は既にハイテンションだ。

 会場に入る前にこれなのだから大したものである。

 二人で会場に向かう。

「今度はどこと対戦するんでしょうね」

「読めないな……いきなりベテルギウスと対戦しちゃったからね」

「あれ以上の大物っているんですか?」

「大物かあ……まあ、どういう意味で大物とするかにもよるけど。そうだねぇ……大きいって意味だと上がいるけど、どうなんだろうね」

「更に大きいやつが! っていうバトル漫画の展開にはならないんですか?」

「大きいやつだと、幾つか思い浮かぶけど。また方向性を変えてくるかもしれないよ。宇宙には色々な星があるからね」

 そんなことを話している間に、会場の出入り口までやってきた。

 行列ができている。

 多くの人が今回の対戦相手を気にしているようで、話が盛り上がっているようだ。

 色んな国の言葉が飛び交うので、本当にそうかどうか秀将には分からないが。雰囲気的には、たぶんそうだ、と思っている。

 会場に入ると、いつもの宇宙が一面に広がっていた。

 どこに目を向けても星空。

 ここに来ると、ああ対戦が始まるんだなという気分になってくる。

 後ろからどんどん人が入ってくるため、人口密度の少ない所まで移動する。

 待っていると、地球ちゃんからアナウンスがあった。

『今回の対戦相手は……』

 ここで溜めが入る。

 みんなが固唾を呑んで地球ちゃんの声に集中する。

『シリウスです!』

 会場が歓声に包まれる。指笛が鳴らされる。拍手が起きる。

「へぇ、次はシリウスなんですね。シリウスなら僕も知ってますよ」

「シリウスは有名だからね。みんな知っているんじゃないかな」

「一番明るい星ですよね!」

「見かけ上の明るさは、太陽を除けば全天で最も明るい恒星だね。絶対等級だともっと明るい星もあるけどね」

「え、そうなんですか?」

 秀将は意外な事実を知らされ、驚いた。

 シリウスは一番明るい星として覚えていたのだが……

 徳丸はその反応を見て嬉しそうにしている。

「シリウスはもちろん明るい星だよ。だけど、星空に見えている星たちは、みんな地球までの距離がバラバラなんだ。シリウスより明るい星でも、シリウスより遠ければシリウスよりも暗く見えるってことだね」

「えーっと、もう一回お願いします……」

 秀将が頼み込むと、徳丸は言い方を変えた。

「じゃあ、そうだね……懐中電灯にしよう。懐中電灯AとBを目の前に並べる。明るさは同じ。この時点ではAもBも同じ明るさに見えるね? じゃあ、Bを1キロ先まで運ぼう。そうしたら、Bの方が暗く見えるんじゃないかな」

「そうでしょうね」

「でも、AとBは同じ明るさを持っている」

「そうですね」

「シリウスは近いところにあるんだ。8.6光年。シリウスよりも明るい星でスピカっていうのがあるんだけれど、スピカは250光年くらい離れている。だから地球から見るとシリウスの方が明るく見えるんだよ」

「スピカって何か聞いたことありますね。そんなに離れているんですか」

「今知られている中で一番明るい星はR136a1という星だけど、R136a1は地球から16万3000光年も離れていると言われているよ。この星は太陽の9万倍くらい明るい。しかし遠すぎて、地球から肉眼で見るのは無理だね。宇宙望遠鏡でないとね」

「それだけ遠いと明るさも分からなくなるってもんですよね。そうか……」

 秀将はようやくイメージが掴めた。

 明るい星でも遠ければ、見た目では暗く見える。

 シリウスより明るい星が、遠い宇宙には存在するらしい。

『それでは対戦モードになりますからね。皆さんそろそろ慣れましたか』

 地球ちゃんがアナウンスすると、床が透明になる。

 足元も全てが宇宙になる。

 ちゃんと足の裏には地面を踏んでいる感触があるけれど、浮き上がるような錯覚に囚われる。

 慣れたかといわれると、多少は慣れたと思う。

 でも、この浮き上がる感覚は落ち着かないし、当分の間は平気にはなりそうにない。

 大きなディスプレイが現れた。

 太陽系が表示される。

「いやあ、地球ちゃん、頼もしくなったね」

 徳丸がそう呟く。

 水・金・地・火・木と内側から惑星が表示されているが、地球が不自然に大きくなっている。まあ、木星に比べればだいぶ小さいけど。

 地球は前回の対戦の報酬として、巨大化したのだ。

 地球は隣の金星や火星と比べるとかなりでかい。その光景はとても地球が強くなったように感じさせた。

「でかくなりましたよねー」

「これはさ、太陽系が少しずつ成長していっている感じがしてとても良いと思わないかい?」

「育成ゲーの要素も入ってるんですね」

 秀将は自分が分かりやすい言葉で納得した。

 太陽系が強化されていくのを見るのも面白い。

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