第19話 休み時間

 対戦が終わると自然解散になった。

 秀将は徳丸と共に街に出た。

「今度はお互いはぐれないように、集合場所を決めましょう」

 秀将がそう言うと徳丸は頷く。

「街の出入り口は待ち合わせの人が多いね」

 確かにそうだ。

 出入口は貝殻のような形をしていて、遠めからでもすぐに分かる。待ち合わせ場所としては最適だ。しかし、最適だからこそ誰しも待ち合わせ場所にするわけで。

 次の対戦が始まる時もきっと出入口はごった返す。

 少し離れたところを待ち合わせ場所にするのが良さそうだ。

 歩きながら、目印になりそうな候補を探す。

 建物たち。

 色んな建物がある。

 ただ、タワーのような高層建築は無い。

 洋館だったり中東風だったり、木造だったりレンガ造だったり。

 多種多様だが、逆に決め手にはならない感じだ。

 植物はどうだろう?

 木があちこちに生えている。

 といっても、高い木や低い木があるというだけで、これまた決め手が無い。

「加賀美君、あれが良いんじゃないかな」

 徳丸が何かを見付けたようだ。

 彼が指差す方に秀将も目を向ける。

 そうしたら、何があったかというと……

「……ああ、なるほど」

 天体望遠鏡というか、天体観測施設というか……そういったドーム状の物だ。

 それが、個人宅の屋上に設置されている。

 けっこう小さいものの、個人宅にこのドームが設置されているのは凄いものだ。

 それに、天文系を目印にしようとするのも徳丸らしい。

 幸い、ドームが設置されている家の周辺には同じような住宅が無い。

 出入口からは2~3分歩いた所にあるので、混雑することもなさそう。

「良いんじゃないですかね」

 秀将は同意した。

「では次の対戦が決まったら、ここに集合で」

 徳丸は手を振ってその場を離れていった。


 秀将は自分の住処として決めた住宅へ向かった。

 自分の家と言うのは憚られる。

 他人の家をお借りしている感覚だ。

 平屋。

 板チョコみたいな形のドアを開けて、中に入る。

 最初に見えるのはリビングと寝室だけの、さっぱりした間取りだ。

 寝室のベッドの数は、一つ。

 一人で静かに余生を過ごそうとしていたのか、いや……そうでもないかもしれない。

 リビングには訳のわからない機材が置いてあるし、デスクトップパソコンも設置されている。

 所々に紙束が積まれている。

 カレンダーには周期的に印が記載されている。

「研究者が使う拠点か何かなのかも」

 秀将は寝室の奥に足を進める。

 寝室の奥は書斎だ。

 木製の書棚が四つあり、書物がぎっしり詰まっている。

 書物は宇宙関係が多い。

 例えば、宇宙関係の研究者が僻地の観測所で何か月とか過ごす際に、ここで寝泊まりしていたとか。

 それとか、アマチュアの人が山に籠って天体観測する時に使っていたとか。

 はたまた、宇宙好きな人が別荘として作ったものとか。

 そういう想像が浮かんでくる。

 直感でしかないものの、メインの住居として利用しているというよりはサブの位置付けで使われているもののように感じられた。

 机の上には便せんと羽根ペン。これは内容に見ないために、机の端に移動させ、便せんは裏返しにしてある。

 読みかけの本も机の上に置いてある。こちらは秀将が出したものだ。この本にはしおりを挟んでおいたが、しおりで位置しているのは割と最初の方である。いくらも読まない内に寝てしまっていたようだ。

「よし、今度こそ読もう!」

 秀将は本を持ち上げると、リビングへ移動した。

 リビングでソファに寝転がって、本を読み始める。

 机に着いているよりも、この方が寝なくて済みそうだ。

 初心者でも読めそうなものを手に取ったので、基本的なことが書いてある。

 太陽は恒星であり、恒星とはこれこれこういうものを言います、とか。

 その周りを回っているのは惑星だが、惑星の定義はこれこれこうであり、そのために冥王星は準惑星に変更された、とか。

 そこから芋づる式に、準惑星はこうで、衛星はこうで、彗星はこんなやつで……と書いてある。

 こうして読んでいくと、太陽系のことが少し分かってくる。

 準惑星などは知らなかったので秀将にとってはそれだけでも大発見だった。

 そこから先を読んでいくと、更に大発見だった。

 太陽系は、冥王星までで終わりではないという。

 オールトの雲という中二ワードみたいな領域まで広がっているのだとか。

 このオールトの雲は、太陽重力が及ぶ限界まで広がっているらしい。

 知らないことがいっぱいだ、と秀将は感じる。

 これまで興味が無かったのだから当たり前なのだが。

 いったん、しおりを挟んで本を閉じる。

「食べ物って、本当に無いのかな?」

 秀将はリビングを物色した。

 お菓子くらい、ないだろうか?

 今、秀将の頭に浮かんでいるのはポテチの姿だ。

 本とポテチ、禁断の組み合わせである。

 だが禁断の組み合わせだと分かっていても、寝転んで何かしながらポテチという構図を欲してしまっている。

 だが、物色しても食料は何も出てこなかった。

 意図的に食料が除外されているのかもしれない。

「無いものはしょうがないか……本を汚すわけにもいかないし」

 ポテチを探している間は本を汚す気満々だったが、無いと分かった途端、正当な理由をつけて諦めることにした。

 諦めるには、理由付けが必要なのだ。

 またソファに寝転がり、本の続きを読み始めた。

 読み進めると、今度は太陽系の外の話になっていく。

「お、プロキシマだ」

 最も近い恒星はケンタウルス座アルファ星と書いてある。

 ケンタウルス座アルファ星は三連星で、その中でもプロキシマが一番太陽に近いということだった。

 こういうのを見ると、俺知ってるんだぜ的な嬉しさが込み上げてくる。

 次の対戦で呼ばれるまではそうして過ごした。

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