第15話 コーティング

 騒然とする会場。

 あっちこっちでザワつきが収まらない。

 木星にかかった環に皆が注目している。

 この環が水星の残骸だなんて、いまだに信じられない。

『これはやられましたね。見事な投球です!』

 どうやら地球ちゃんをうならせるほどの投球だったらしい。

 というか、こんな結果になるなんて誰も予想できなかったことだ。

 弾かれた水星が木星に当たり、当たっただけでなく環になるなんて。

 徳丸も深く息をついて感心しているようだ。

「いやこれは凄いよ。加賀美君これを見てほしい。木星と土星、隣り合う星がどちらも環があって綺麗に仕上がっている」

 リプレイの最後は太陽系の仕上がり具合が映し出されている。

 木星と土星がどちらも環を持ち周回している。

 なるほど綺麗に揃っている。

 更に外側の星も環が付いたなら圧巻の光景になるだろう。

「凄いですよね。星が割れるなんて思いませんでした」

「それはあれだよ、さっき説明したあれ。砂の城」

「砂の城? 何か説明してもらった気がしますけど忘れてしまいました……」

 秀将は曖昧に笑って誤魔化した。

 覚えることが多過ぎて大半は脳みそから零れていってしまっている。

 徳丸は仕方ないなぁ、と説明してくれた。

「砂の城を掃除機で吸い込んだとしたら、粉々になって吸い込まれていくだろう?」

「そうですね」

「その吸い込む力が強いと、星でも粉々になるんだ。ブラックホールなら分かりやすい。ブラックホールに吸い込まれていく星は、途中で粉々になり、ブラックホールを囲む円盤になる。そこの木星と水星みたいなものだ」

「え、そうなんですか……!」

「潮汐力は分かるかい?」

「………………」

「ええと、潮汐力はね、重力が引っ張って物体を変形させる力だ。満潮と干潮が月によって引き起こされているのは知っているよね?」

「流石にそれは知ってます」

「月の方向に海面が引っ張られているからだよね。でもね、それだけじゃない、海面だけでなく地球全体が引っ張られて変形しているんだよ」

「え、地球全体だったんですか?」

「まず、ピンポン玉を想像してほしい。それが地球だ」

 秀将はピンポン玉を想像する。

「ピンポン玉の5センチ上に飴玉がある。それが月だ」

 想像上のピンポン玉の少し上に飴玉が加わる。

「ピンポン玉が飴玉に引っ張られて、形が変わっていく。卵型になった」

 ピンポン玉が、卵に……

「……それ、変形し過ぎじゃないですか?」

「極端に言うと、そういうことなんだよ。飴玉に近い方がより引っ張られて、飴玉から遠い方は変形が少ない。だから卵を想像するのが良いと思った」

「あれ……月も変形するんじゃないんですか?」

 秀将はそこが気になった。

 地球だけが変形するのはおかしい。

 徳丸は嬉しそうに答えた。

「良い所に気付いたね! そう、月も同じように変形している。さっきの想像だと、飴玉の方も卵型に変形しているのが正しい姿だ。星同士が互いに引っ張り合うと、そういうことになる」

「そうですよね!」

 秀将は内心でガッツポーズだ。

 褒められて悪い気はしない。

「木星に近付いた水星は卵型になる。木星の引っ張る力は強過ぎて、卵の先端がもっと引き延ばされて、最終的に崩壊する。これを潮汐破壊と言う」

「潮汐破壊……」

 また必殺技みたいなワードが出てきた。

 宇宙は中二ワードの宝庫なんじゃなかろうか?

「星全体を均一に引っ張るなら速度が速くなるだけなんだけど、近い面ほど強く引っ張られ、遠い面ほど緩く引っ張られるという差が変形と破壊を生んでしまうんだね」

「うーん、そうなんですねぇ……」

 まだちゃんと分かったわけではないが、秀将は頷いた。

 ここまで説明したところで、今度は徳丸が疑問を呈した。

「私も気になるところがあってね。水星は一度木星とぶつかっただろう? 何で一度目に潮汐破壊が起きなかったのかは分からないんだ」

「そういえば、そうでしたね」

 秀将も首を捻る。

 水星は一度木星にぶつかり、バウンドするような感じになった。

 木星に接近した時点で破壊されなかったのは不思議だ。

「凄いスピードで近付いたからとか?」

 そんなことを思いついたが、徳丸は頷きはしなかった。

 いったい、どうなっているんだろう?

『衝突時、容易に壊れないようになっているんです。最後は、衝突が無い状態に遷移したので壊れたんです』

 地球ちゃんから種明かしがされた。

 秀将は理解が追いつかないので徳丸に解説を乞う。

 徳丸は理解した内容を話し始めた。

「水星が木星にぶつかった時、水星は壊れないようコーティングされていたっぽいね。だから潮汐破壊も免れた。木星にぶつかっても割れなかった。でも……水星は再び木星に近付いて周回軌道に入った。そうしたら、コーティングが無くなった。だから潮汐破壊が起きた」

 キーワードはコーティングのようだ。

 秀将はゲームに置き換えるような感覚で自分に落としこんでいく。

 星はコーティングされていると無敵状態になる。

 無敵状態は、星がぶつかる時のみ発動する。

 水星が木星にぶつかった時、水星は無敵が発動していた。

 その後、水星の無敵時間が切れて、砕けてしまった。

 そういうことだ。

『質量差のある星がぶつかると簡単に割れてしまいます。それでは面白くないですよね?』

 地球ちゃんの言葉で、これまでの投球が思い起こされる。

 物凄い勢いでぶつかる星たち。

 あんな勢いでぶつかったら、割れても何ら不思議ではなかった。

 でも、一度も割れていない。

「確かにコーディングが無いと、下手な話、でかい星投げて相手の星殲滅すれば良いじゃんって発想になっちゃいますもんね」

 秀将はそんな風に納得した。

「祭の競技性を高める措置ってことだろうね」

 徳丸もちょっと難しめの言葉で納得したようだった。

 このお祭は、細かいところで気配りがされているようだった。

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