第9話 童心
太陽系を映したディスプレイ。
ベテルギウス系を映したディスプレイ。
両者を表示しているディスプレイが合体する。
そうしたら、劇的な変化が起こった。
太陽系がぎゅーーっと小さい画像に縮小されてゆく。
ディスプレイの画面が映画館よろしくどんどん大きくなる。
画面が大きくなった分だけベテルギウスも大きくなる。まるでベテルギウスが画面を押し広げているような感じ。
変化が収まる。
太陽が豆粒、木星等の惑星たちはゴマ粒といった表示にまで縮まっている。
ベテルギウスは画面がでかくなっても大部分を占有したままであり、これでもまだはちきれそう。窮屈そうに押し込められた感じに見えてしまう。
ベテルギウスと太陽系を一緒に表示しようとすると、こうなってしまうのか……
というか。
何なんだ、これは……
あまりの光景に思考がフリーズ。
数秒経って。
ようやく感想が出た。
「……デッッッカッ! つーかデカすぎでしょこれ!」
また会場内は爆笑の渦に包まれる。ありとあらゆる言語で笑っている。
例えば日の丸弁当だとして。
白米の中央に梅干しが入っているのが太陽系。
しかし弁当箱を開けたら巨大な一個の梅干しが箱を占領し、四隅に数粒の白米が入っていたとしたらどうなるだろう? なんじゃこりゃあってなるはずだ。
ベテルギウスと太陽はこんなにも差があるというのか……
差というか、こんなにもかけ離れているとどう言っていいのか分からなくなる。
豆粒大の太陽が頼りなく見えてしまう。
秀将は不安になってきた。
今回の対戦相手はでかすぎる。
これでは蟻が象に挑むようなものだ。
大丈夫なのだろうか……?
『対戦モードになります』
地球ちゃんの声音に変化は無い。いたって平常運転だ。そこには何か、勝ち目の薄い戦いに挑もうとしている空気が感じられない。
ドーム状の空間に変化が起こる。
床面も全て宇宙が視えるようになる。
これは床が抜けたような錯覚を引き起こし、一瞬ヒヤリとする。
星の回りが速くなる。
月や太陽が目に見えて移動していくようになる。
対戦が始まる空気が醸成されていく。
周囲にノリの良い人達が集まっているらしく、騒がしい。イェーとかフォウとか、言語に依存しない掛け声で色んな国籍の人が肩を組み合ったりして一体になっている。
秀将はお祭り気分も悪いとは思わないが、ノリの良い集団に属する方でもないので、少し静かな方へ移動することにした。
人口密度の低い領域へ出て、ふぅと一息つく。
別のところからも人口密度の低い場所を求めやってきた人が何人か現れる。
そしてその中に、見知った顔を見付けた。
徳丸らしき男性である。
「ふぅ……」
その人物は人混みを抜け出てくると襟元を手で整え、一息ついていた。
暗さで分かり難いため、秀将は近付いてよく見てみる。
やはり徳丸本人のようだった。
「あ、どうもー!」
「ああ、加賀美君じゃないか! 捜したけどなかなか見つからなくて困っていたよ」
「ええ、こちらもです。さっき対戦相手がベテルギウスですって発表された時イエァ! って叫んでたのがあの人じゃないかな~と思ってここら辺を捜してたんですけど」
「………………え? 私は叫んでないけどなぁハハハ!」
徳丸の笑顔が不自然である。
秀将は、イエァと雄叫びを上げたのがやはりこの人だったと確信する。
「本当ですか?」
「本当だとも」
「……」
「……」
「叫んでましたよね?」
「…………いや」
「そんなに嬉しかったんですか?」
「…………あ、ああ、うん。年甲斐もなくガッツポーズをしてしまって」
中年オヤジが、子供が隠し事を見付かってしまったみたいに恥ずかしがっている。
ベテルギウスは、というか宇宙は、中年オヤジを童心にかえしてしまう何かがあるのかもしれない。
「というか、コレが目的だったんですか?」
そう言って秀将はディスプレイを指差した。
徳丸がベテルギウスを希望した理由。
この圧巻の映像を見れば、そりゃ希望したくもなるものだと思う。
徳丸は嬉しそうに話し始めた。
「大きな星という意味では、もっと大きい星もあるんだ。でも、空を見上げてみた時にひと際印象的だろう? オリオン座の赤い星。若い頃から一番印象が強かったんだよ」
いっぺんに重要なワードが入ってきたので秀将は整理が必要になる。
「もっと大きな星があるんですか?」
「ああ、あるある。ベテルギウスは太陽の760倍くらいの大きさと見られているが、もっと上になると、太陽の1000倍を超えると見られている星もあるんだ」
「……1000倍…………」
「プロキシマ・ケンタウリは太陽よりだいぶ小さかったけど、太陽より大きい恒星も宇宙には沢山存在しているんだよ」
「もう一つ。ベテルギウスはオリオン座にあるんですか?」
「そう。ここからでも探せば見えるんじゃないかな……………………ああ、あれだ」
徳丸が指差した方向には無数の星が輝いている。というか全体的におびただしい数の星が輝いているのだが。
秀将は少しの間、よく観察してみた。
すると、強く輝いている星が三つ並んでいるのを見付けた。
「オリオン座というと砂時計とよく言われるだろう。だいたいは青白く輝いている星なんだが」
「あーあれですね」
確かに三つ並んだ星は青白い。
「オリオン座の左上の星は、赤く輝いている。あれがベテルギウスだ」
秀将は三つ並んだ星から上方へゆっくり視線を移動させていく。
見付けた。
赤く強く輝く星。
「あれが、ベテルギウス……」
よくよく考えてみれば、オリオン座なら昔から、空を見上げれば見えていた気がする。
そんな、何気なく見ていた星だったのか……
「あれは街にいたって目視で見えるほどなんだ。だというのに、どう手を伸ばしたって届かない。地球ちゃんは、そんな手の届かない星を手の届くようにするチャンスをくれた。一も二もなくベテルギウスー! って叫んでいたよ」
地球ちゃんが希望する対戦相手を募集したのを、そうしたチャンスと捉えた人もいるのか。
地球ちゃんが、一人分の夢を叶えてくれたんだな、と秀将は思った。
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