第8話 今回の対戦相手

 慣れないことをすると、通常は脳が活性化する。初めての仕事はあれを覚えなきゃこれを覚えなきゃという感じで、あっという間に一日が終わってしまったりする。

 しかし、普段活字を読まない者が読もうとすると、眠くなるらしい。

 さあ協力して眠気と戦おう、なんてことにはならない。

 眠気というのは恐ろしいもので、眠気に抗っていると文字が頭に入ってこない。

 いっそのこと寝てからスッキリした頭でもう一度チャレンジした方が良いのではないか?

 父親がボウリングの球を持ち、傍らに立っている。

 ああ、ごめん、どうぞ。秀将が促すと、父親が投球する。球がごろごろ転がり、ピンの群れを薙ぎ倒す。ストライク。ナイス、と秀将が讃える。

 次は秀将の番だ。球をどれにするか迷う。木星は重すぎるし水星は軽すぎる。やはり投げるなら地球だ。秀将は確信した。大丈夫、たぶんちょっとくらい外れてもうまくカーブしてくれるはずだ。球を構えて一歩を踏み出し……

『次の対戦相手が決まりました!』

「えっ……!」

 秀将は顔を上げた。どうやら本を開いたまま突っ伏していたらしい。どこから夢になっていたのだろう。変な夢だった。どう見ても星系輪舞祭の影響が出ていた。

 というか、寝る機能は残っていたのか。食事も排泄も必要無いって言っていたけど。とはいえ、眠れなくなってしまうと人間は正気を保てないんだろう。睡眠はとても重要なことなんだって何かで見た気がする。

 秀将は一つ伸びをし、家を出た。

 通りにはもう、人の流れができていた。

 やはり観戦が最大のイベントだ。

 これを観ないのならここにいる意味が無い。

 というか、もう観戦もいいやってなった人はどうすれば良いのだろう?

 観戦用のドームに到着。

 一面の宇宙。

 ここに来ると自分が地球の一部にでもなったかのような気分になる。

 自分が地球そのものになって外を見ているような視点だからかもしれない。

 改めて見ると、人がかなり多い。この中から徳丸を捜すのは骨が折れそうだ。

 どこかで待ち合わせしてから来れば確実だったのかもしれない。

 もし見付けられなければ、今日は別の人に解説してもらおうか……

『今回の対戦相手は……』

 地球ちゃんが対戦相手を発表するようだ。

 多数の希望が寄せられていたが、いったいどれに決まったのだろう。

 秀将はシリウスを推していた。シリウスが選ばれていますようにと願う。

『ベテルギウスです!』

「イエァ!」

 遠くの方で雄叫びを挙げた日本人がいた。

 あの人が徳丸ではなかろうか。確かベテルギウスを希望していたはずだ。

 しかし多くの人が拍手したり指笛を鳴らしたり盛り上がっているので、雄叫びを挙げた人がすぐに視界の中で埋もれてしまった。

 秀将は人混みを縫うようにして進んでいく。雄叫びマンがいた辺りはあの辺だろうとあたりをつけて進んでいく。

 全体的に暗いのが災いし、徳丸は見付けられなかった。このドームは宇宙を見るためのものなので、ずっと夜間の明るさしかない。

『では対戦が始まりますからね。今回も元気よくいきましょう!』

 ノリの良い人達が返事をして盛り上がる。

 本当に祭っぽくなってきた。屋台や神輿は無いけれど。いや、星が神輿みたいなものなのか?

 空中にディスプレイが現れる。

 まずは太陽系の全体像が映る。

 太陽が鎮座し、その周りを惑星が周回する。

 水・金・地・火・木・土・天・海……

 そして、新たな星。

 その星はプロキシマ・ケンタウリ系にいた星だ。海王星よりは小さい。

 新たな仲間が加わった太陽系は少しだけ大きくなったように見える。

 ディスプレイがもう一つ出現。

 そこには対戦相手の星系が映し出された。

 真ん中に鎮座する恒星が画面の大部分を占領している。

 一見すると、この星系はこの星一個だけなのかと思ってしまう。

 よーーく見てみると、それ以外も確認できた。

 ゴマみたいな粒が周回していた。恐らくこれが惑星だ。

 ギャグみたいな光景である。

「……なにこれ?!」

 恒星がギャグみたいに大きい。

 会場が笑いに包まれる。手を叩いて笑っている者もいる。

 本当に、嘘みたいな大きさだ。

 こんな星が存在するのか……

 大抵のことは聞いても忘れてしまうタチだが、これだけインパクトがあれば脳に刻み込まれるだろう。

 ベテルギウスはでかい。

 それも、半端でなく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る