第7話 街
街というのは、確かに街だった。
住宅がずらずら並んでいる。
基本的に戸建で、たまにアパートもある。
秀将は人の列に入って街中を行進している。気に入った家があれば早い者勝ちで入居して良さそうな雰囲気だ。今のところ、奪い合いにはなっていない模様。
ただ、街と言うには決定的に欠けているものがあった。
店が無い。
当たり前だ。食事も必要無いのだから。
とはいえ、娯楽も少しはあってほしいものだ。
もう死んでいるのだから必要無いでしょって話もあるけど、なんかこう、意識があって動くことができる以上、何か娯楽が欲しいと思ってしまうのだ。
星系輪舞祭も娯楽ではあるけど、街では街の何かがあって良いと思う。
そんなことを考えていると、道端から叫び声が聴こえてきた。
「オセロー! オセロー!」
何やら道端でオジサンがオセロセットを持って人の列に声をかけている。そうしたら早速何人かが列を飛び出していった。その場でオセロ大会が始まったようだ。
別のところからはサッカーボールを持った青年の声が聴こえてくる。
「サッカー! サッカー!」
人の列からぞろぞろとサッカー青年のところへ人が集まっていった。
「逞しいね、もう娯楽を見付けている」
徳丸が感心してその光景を眺めている。秀将も同感だった。
人間の逞しさを目の当たりにし、思わず笑ってしまう。
住宅に入れば何かしら遊び道具があるのかもしれない。
たぶん、ずらずら並んでいる住宅は新たに作ったものではない。既にあったものをてきとうにかき集めてきたのだろう。地球ちゃんならそんなこと造作もないことだ。
住宅もただ並んでいるだけではない。
芝生や庭木もあり、たまに小さな公園もある。
「これらの植物も、もう増えることはできないのだろうね」
そう言いながら徳丸が庭に立つ木の葉っぱを触ろうとする。
すると、指が葉っぱをすり抜けてしまった。
「おーぅ……これは映像なのか」
木の見た目はリアルで、映像には見えない。
「僕らが幽霊なのかもしれませんよ」
秀将はそんなことを考えた。
幽霊は物をすり抜けられる設定が一般的だ。
もしかしたら壁もすり抜けられるのではないか……
猛烈に試したくなってくる。
壁のすり抜けなどロマンそのものだ。別に、覗きだとか悪いことに使おうなどとは思わないが、壁抜けができるなら体験してみたいというものだ。
思い立ったが吉日、住宅の塀に手を伸ばしてみる。
ちょっとした期待。
手は硬い感触を捉え、それ以上進めなかった。
「幽霊説はファンタジー過ぎましたかね」
秀将は肩を竦めてみせる。
「仮説を立てたら試すべきだ。違ったことが分かったのも収穫だよ」
徳丸の受け答えは何となく研究者を感じさせた。どこかの研究所に勤めているのだろうか。
しばらく歩いたが、まだまだ住宅街は広がっている。
一人一軒で住んでも充分なように数が揃えてあるのかもしれない。
プール付の豪邸、デザイン住宅、カラフルな家、質素な家……色々ある。
豪邸はすぐに入居者が決まっていくようだった。一度は住んでみたいと思うのも無理は無い。
高床式の家があったりレンガ造りの家もあったりして、世界には色んな家があるのだと感心する。ここは一種の博物館みたいだ。
秀将は、平屋の一軒家に目が留まった。
地味な感じだが、これで良い。ここで過ごすにあたって、多くのものは必要無い。居住スペースさえあればそれで良いのだ。
「僕、この家にします」
「そうか、ではまた次の対戦の時に」
徳丸は手を振って送り出してくれた。
秀将も手を振って、平屋に入っていった。
鍵はかかっていなかった。まあ、かかっていたら困るのだが。
中の区画は二つだけ。リビングと寝室。
いや、寝室の奥にもう一つ、区画があった。
書斎だ。
木製の書棚が四つもあり、書物がぎっしり詰まっている。
机の上には便せんと羽根ペンが出しっぱなしだった。
埃っぽさは感じない。というか、つい今日まで使ってました、といった感じだ。いや本当に使っていたっぽい。それが何だか申し訳ない。
机から見上げる窓からは、星空が見えていたのだろうか。
秀将は椅子を引いて、腰を下ろしてみた。
静かな時間が流れている。
きっとここを使用していた主も静かな時間を過ごしていただろう。
書斎なんて想像もしたことがなかったけれど、とても落ち着いた気分になった。
何の気なしに書棚に目をやると、宇宙の本があることに気付いた。
それはすぐに秀将の好奇心を刺激した。
星系輪舞祭を観戦することになった今の状況には好都合かもしれない。
はっきり言って宇宙のことはからっきしだ。
知らないことは徳丸に訊ねれば良い……が。
どうせなら自分で調べてみるのも面白いのではないか。
時間ならいくらでもあるのだ。たぶん。
対戦の合間には必ず暇つぶしが必要になる。
本、読もう。
そうして秀将は宇宙関係の本を読み始めた。
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