第2話 全ては意味があること
秀将はとにかく、顎が外れるかとばかりにあんぐりと口を開けたまま固まっていた。
理解が。
追いつかない。
とにかく物凄いことが起きた。
でもそれがどれだけ凄いのかが知識や想像の埒外。
隣では徳丸が涙を流している。
「なんて素晴らしい……見たまえ加賀美君、リプレイが流れているよ……!」
どうやら木星周辺を映した緑色の縁のディスプレイに、リプレイが表示されているようだ。
まず、木星が射出される。
「周回軌道が突如、巨人にでも投げられたように太陽系外へ飛んでいった。いったいどんな仕組みになっているのか……!」
木星があっという間にプロキシマ・ケンタウリ系に辿り着く。
「4光年をあっという間に駆け抜けた! 4光年だよ加賀美君! 信じられない! 超光速が今、目の前で見せられたんだよ!」
確かに凄そうだ。
しかし星の射出された感じからしてあっという間に着いてもおかしくない気がする。
凄さが分からないものよりも、ここで相手星系について知っておきたいと秀将は考えた。
「プロキシマ・ケンタウリってどんな星なんですか?」
「ケンタウルス座の方向に4.24光年離れた位置にある、現在太陽に最も近い恒星だ。恒星は分かるかな? 簡単に言えば太陽と思えば良い。プロキシマは直径は太陽の約7分の1しかない小さな恒星だ。木星の1.5倍程度と言った方が想像できるかな。明るさもかなり暗いため、近くを回る惑星からプロキシマを見たとしても夕暮れ程度にしか見えないだろう」
「へぇ~……」
何だか太陽の方が格上に聴こえる。ちょっと良い気分になれるのは、自分の故郷が実は他と比べて良い所だったと言われたみたいなものだからか。
木星が相手の惑星に激突するシーンになる。
そこは見せ場だと分かっているらしく、じれったいほどのスローモーションになった。
「これだ、この衝突の瞬間! 凄い、凄いよこの衝突面、チクシュループも小さい小さい、シューメーカーレヴィ彗星も些細なことだ、衝撃波が木星の全球に広がっていっている! ああっ大赤斑が、大赤斑が! だいS■■■■■■■!」
徳丸が感極まってしまい、最後は何を言っているのか分からないレベルになってしまった。これは相当に凄いものらしい。
知識の追い付かない秀将は徳丸の男泣きを少しの間見ていたが、またリプレイの映像に目を戻す。
木星に弾き飛ばされた星が黒い穴に消えていく。
宇宙の黒い穴といえば、アレだろう。アレしかない。
『皆さん、惑星が何で回っているか分かりますか?』
唐突に問いかけがくる。
惑星が何で回っているのか?
秀将は考えてみる。何でだろう?
……
…………
何で回っているのだろう?
全然分からない。
そもそも回る必要、あるの?
リプレイがまた最初から始まる。
太陽があって、その周りを星たちが回っている。
木星がぐるぐる回って、射出される。
『このためだったのです!』
「…………ええええええええええぇっ?!」
このためだったのか!
『我々はこの時のために、ずっとぐるぐる回っていたのです! コツコツ特訓してきたのです!』
まさか投げつけるために回っていたなんて!
星系輪舞祭、恐るべし!
隣の徳丸はもはや悟りを開いたようになっている。
「おお……人類がいくら追い求めても解明できなかった謎が一つ、明らかになった!」
「いや、でも、こんなのってアリなんですか?」
「自転で回ることにより、当たった後の軌道が変わってくるだろう? 当てることが前提で回っていたんだよ。星が丸いのも当てて弾くことが前提ならしっくりくるだろう? ブラックホールが何のためにあるのかも、このためだったら意味があるじゃないか。全ては意味があることだったんだよ……!」
「あ、え、あ…………確かに……このために全てがあったんだとしたら、全部説明付く……付きますね」
信じるにはあまりにも唐突で、しかも奇天烈である。
簡単に信じて良いのかと思考にブレーキがかかる。
でも、この祭を前提としたら、全部そのためだったと説明が付いてしまうのだ。
パズルがピタッとはまったような感覚で、荒唐無稽だと切り捨てることができない。
だが秀将は一つだけ、どうしても引っ掛かることがあった。
「でもこれってビリy」
『あなた方の遊びにビリヤードというのがあるでしょう。それはこのお祭から来ているのですよ。あなた方がたまたま思いついたと思っているものは、全て我々が与えた情報の断片で出来ているのです』
「な、なるほど……」
星系輪舞祭がビリヤードに似ているんじゃなく、ビリヤードが星系輪舞祭に似ているのだ。そういうことだ。
そういうわけで、秀将の引っ掛かりは解消された。
『それに、この祭はビリヤードとは違います。今のようなブラックホールへのインは得点の一種類に過ぎません。相手の星系をより芸術的に作り上げるのが勝負の肝なのです』
どうやら簡単な話ではなさそうである。
リプレイの映像が終わった。
『次は相手の番です』
ディスプレイの中でプロキシマ・ケンタウリ系が激しく回り始める。
さきほどと同じように、今度は相手が投げるのか。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
木星もプロキシマ・ケンタウリの星系で回っている。
相手の星が射出された。
新たなディスプレイが現れ、飛んでいく星を映す。縁は緑色。
周囲からどよめきが起こる。どこかを指差している人もいる。どうやら、『あれを見ろ!』と叫んでいるような雰囲気だ。誰かが指差している方向を視線で辿る。
すると、輝く星が徐々に移動している様が捉えられた。射出された星が近付いてきているのだ。
星の移動は急に速くなった。流れ星みたいに一気に走る。思わず目でそれを追う。
輝く星がある地点で進路を変えた。動く星が二つになった。たぶん、一瞬前に、衝突したんだ。
歓声が上がる。
秀将はリプレイが始まるのを待つ。
ほどなくしてリプレイが始まった。
プロキシマ・ケンタウリ系から惑星が射出される。中心の星から見て、内側から二つ目の星のようだ。
宇宙を駆ける星。やはりあっという間に太陽系に辿り着く。
そして、その星が進んだ先にあったのは。
衝突の相手は……
その瞬間が映し出される。
スローモーションになる。
プロキシマ・ケンタウリの惑星が、その星にぶつかった。
金星に。
大歓声。
指笛もそこかしこで鳴らされる。
衝突は中心からかなり離れていて、こすったか当たったか微妙な感じだった。さっきの木星の時は芯を捉えたように綺麗に当たっていたが。
金星はスピンしながら軌道を変える。プロキシマ・ケンタウリの惑星も軌道を変える。
赤い縁のディスプレイには星系全部が映っている。そちらに目を移すと、二つの星の軌道が分かった。
金星は外側へ軌道が膨らんで。
プロキシマ・ケンタウリの惑星は内側へ行き、水星より内側に入ってからはじき出されたように軌道を膨らませていく。
どちらも太陽系に留まった。
ブラックホールへのインは無いようだ。
秀将はある変化に気付く。
よく見てみると、金星の軌道が膨らんで地球に被りそうになっているではないか。
まさか……
秀将は色んな方向へ視線を走らせた。
宇宙、宇宙、宇宙……
無数の星たち。
しかし無数の点ではない、もっと存在感のあるやつがあるのではないか?
月でも太陽でもないやつが……
見付けた。
月よりは小さく見えるものの、月でも太陽でもない星が。
肉眼で、見えた。
「なんか凄いことになってますよ……!」
秀将が隣に教えると、徳丸は目を真ん丸にした。
「金星、だと……?!」
「そうですよね? あれ金星ですよね?」
「そうだとも。いやぁ素晴らしい! 金星がはっきりと肉眼で見える時が来るなんて想像したこともなかったよ!」
『相手の投球が終わりました。このように、元々の星の軌道を変えたりするのも攻め手の一つです。最終的に芸術的な星系の姿に仕上がれば良いのですから』
どうやら外したわけではないらしい、のか。一見すると、上手く当てようとして外したように見えたのだけれど。そこは奥が深いのかもしれない。
『相手星系に投げる星を【攻め球】、投げない星を【守り球】と呼びます。恒星は【親球】です』
攻め球・守り球・親球。これなら覚えられそうだ。
『次は私自身を投げます』
それは特別な響きのように聴こえた。
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