地球ちゃん祭
滝神淡
第1話 とんでもない祭
『突然ですが、終了します』
まだ若いのに幻聴かと思った。
しかし違った。
気付いた時には自分の寝室も布団も見当たらなくなっており、知らない場所に立っていた。
そこはドーム状の空間だった。
広大な空間。
星々が360度、どこを見ても視える。
天井まで全て星、星、星。
プラネタリウムみたいだった。
暑くもなく寒くもなく、風も無い。
これといった特徴的な臭いもしない。
人はけっこうな人数がいるようだった。
日本人だけでなく、西洋人も中東っぽい風貌の人も、様々だ。
秀将だけでなく、みんな一様に動揺していた。
ここはどこなのか。
何が起こったのか。
これからどうなってしまうのか。
まさかこの展開はデスゲーム……?
秀将が真っ先に考えたのはそれだ。
『全生物に終了してもらいました。お疲れ様でした』
また声が聴こえてきた。
この声は脳内に直接語りかけてくる。
脳内に直で話しかけられるのは、侵入されたようで恐怖が込み上げてくる。
しかもこの声は不吉なことを言っているではないか。
ますますデスゲーム率が高いと思えてくる。
人々の間でどよめきが起こる。
秀将と同じような不安を覚えた人は大勢いるだろう。
『ここに集まってもらった人は招待客です。皆さんは地球に優しくしようという心を持っていた人達です。まあ人がやる程度の汚染はそこまで気にしていなかったのですが、それでも皆さんのやろうとしてくれた心意気には応えてあげたいところなので、ここで余生を送る権利を与えました』
秀将はぽかんとした。
何を言われているのかピンとこなかった。
周囲からどよめきが消えた。
『皆さんはこれから始まるお祭を観戦することができます。ずっと見ているのも疲れるでしょうから、ここを出れば今までと似たような生活ができるようにもしておきました。皆さんの好きなように過ごして下さい』
説明はそれきりだった。
少しするとどよめきがまた始まる。
「お前は誰なんだ」とか、「ここはどこだ」とか声が上がった。
秀将も概ねそれが聞きたかった。
あと、デスゲームではないと確約が欲しかった。
話の内容からすると、デスゲーム率は下がったようだけど。
しかし回答は無かった。
秀将はどうして良いか分からなかった。
まず心配したのは、仕事だ。
とりあえず、明日会社に行けるのだろうか。
いや、この流れならもう行かなくて良いんじゃないか……?
どこを見たって、もう会社には行けなそうだ。
このまま夜明けまでに帰してもらえるとは思えない。
もうだいぶ夜中だ。
いや、そうではない。
星々が見えているのは、宇宙であると思われる。夜だから見えているわけではなさそうだ。
もはや時間も分からない。
いやいや、夢オチの可能性も……?
それが一番最悪だ。
行かなくて済むと思っていたのに、後でその気持ちが打ち砕かれてしまうとか、やってられない。
仕事に行けないのは困るが、行きたくてしょうがないわけではない。
どうしようかと思いつつ周囲に視線を走らせる。
そこらじゅう、星々が見える。
視線を滑らせていくと月があった。
随分と大きく見える。
記憶にある最も大きな月よりも遥かにでかい。
まるで観測衛星から見ているような鮮明さだ。
待てよ、月があるということは……
もっと大きく、輝くアレを探す。
やはりあった。
太陽。
なぜか直視できた。
白くて、そして複雑な色味で輝いている。
一面の宇宙。
びっくりするほど星だらけだ。
これまで、夜空を見上げても数えるほどしか星はなかった。
街では明るすぎて星が見えないのだと聞いていた。
それがどうだろう。
ここでは星が多過ぎて星座も分からない。
オリオン座くらいは分かると思ったんだけど。
火星はどうだろう?
赤い星もいっぱいある。どれが火星か分からない。比較的はっきりしているのがそれだろうか。ぼやけているのは遠い星だと思われる。
そこで、ハッとした。
宇宙を浮遊しているような錯覚に囚われていた。
身体があることを忘れてしまうほどのパノラマだ。
パチパチと強く瞬きをしたら、意識が身体の方に戻ってきた。危ない感じがした。このまま自分が宇宙に溶け出していってしまうんじゃないかと思った。
周囲では、人の流れができ始めていた。何だろうと思ってところどころ話し声を拾っていると、「出口」「街があるらしい」ということが分かった。この流れに乗って進めば街に行けるのかもしれない。
このまま宇宙を見ているか、とりあえず街に行ってみるか。
どっちにしようか。
もう会社に行かなくて良いということだけは確定した。
さすがにここまできて夢オチは無い。
少し、気分が落ち着いてきた。
みんなが何をしているのか気になる。
最も大きな流れは街へ行く人達。
それ以外は、小さなグループがぽつぽつでき始めている。話に花を咲かせていたり、宇宙を指差してあれはなんだこれはなんだと言っていたり。
単独で宇宙を眺めている人もいる。おお……素晴らしいと感嘆の声を上げている人なんかは宇宙に詳しい人なのかもしれない。
いったん、街に行こうと決めた。人の流れはまだ混雑しているようだったが、その後ろに並んでみた。
『祭が始まります!』
「えっ?」
秀将は思わず声を上げる。まだ街に行けていないのに。
周囲がざわざわし始めた。
みんなどうしていいか分からない様子だ。
『我々はこの時のためにずっと練習してきました。遂にその成果を披露する時が来たのです!』
いったい、何が始まろうというのか。
ドーム型のだだっ広い空間。
その空中にディスプレイが現れた。
明らかに現代の技術ではない。
ディスプレイに映像が映し出される。中央に大きな球があり、その周囲を幾つもの球が回っている。
「太陽系だ……!」
誰かがそう言った。
『これが我々の星系です。見やすいように縮尺を変えてあります。私がこの中のどれにあたるか、分かりますか?』
秀将はディスプレイの中で、あるものに視線を留める。大きな球の周囲を回る、内側から三つ目の球。ヒントは少ないが、それ以外考えられなかった。
『これです』
秀将が凝視している球が矢印で示された。
やはり、そうなのか……
その球は青く、白い帯にところどころ覆われている。
みんな厳かな感じになった。僕らは今、地球と話しているのだ。母なる大地という言葉があるけど、人類の、生物の生みの親と対峙しているようなものだ。
『祭には星系単位で出場します。どんな内容なのかはこれから始まるので観ていて下さいね』
秀将は落ち着いてきたことで、地球の声の特徴に気付いた。女性の、明るい感じの声だ。母なる大地とは言い得て妙である。
それから少し、間が空いた。
秀将は、付近の博識そうな男性に目を留めた。その男性は顎を弄りながらディスプレイに目を向けていた。見た目は日本人だ。その男性の方へ歩いていき、秀将は声を掛けた。
「宇宙に詳しい人ですか?」
「少しは」
そう言って男性は応じた。50代と推定され、目が細く丸顔だ。
簡単に自己紹介した。男性は
秀将はちょうど良いと思った。この事態を、これから起こることを解説してくれる人がいるのが最も安心できるからだ。
『始まりました。最初の対戦相手は隣の星系です!』
新たなディスプレイが現れる。そこにも太陽系と似たような球たちが映し出された。
太陽系のディスプレイには黄色い縁が付き、新たなディスプレイには青い縁が付いた。色で見分けられるようにしてくれたらしい。
「隣の星系って?」
「プロキシマ・ケンタウリか。それか、アルファ・ケンタウリかな」
徳丸が期待通り解説してくれる。
「ああ、太陽より小さく暗く表示されているから、プロキシマ・ケンタウリだろう。4光年と少し、太陽から離れている所に存在している。まあお隣さんだよ、宇宙の規模では」
「4光年ってどれくらいの距離なんですか?」
「1光年が約9兆5000億キロメートルだから、その4倍だね。36兆……38兆くらいか?」
「兆…………」
秀将はとにかく凄いということだけは分かった。大き過ぎる桁はもはや想像できないレベルに達している。
『では始まりますからね。祭用のモードになりますから、ちょっと雰囲気変わりますよ』
すると、秀将達の足下も突如、宇宙空間が見えるようになった。
「わわっ!」
地面が突然なくなって混乱する。秀将はジェットコースターの、上に上がった後の急降下する直前の感じに似ていると思った。でも地面が無くなったわけではないようだった。落ちたりしないと分かり、少しずつ落ち着いていく。
どこを見ても、上も下も、全てが宇宙。
「素晴らしい……まるでハッブル宇宙望遠鏡になったようだよ!」
徳丸はいたく感動しているようだ。秀将は気持ちを落ち着けるのに忙しく、少し遅れて景色の壮大さに気付いた。
確かに衝撃的だった。どこに目を向けても果てが見えない。果てしないってこういうことか。
月と太陽だけが目印。この2つが存在することで、かろうじてここが地球なんだと分かる。闇夜の航海で見付けた灯台のように、それが心強いものに思えた。ここがどこであるかを証明してくれるのは、まるで僕達の存在を証明してくれることのように感じられた。
黄色い縁のディスプレイと青い縁のディスプレイが近付いていき、合体した。縁は赤になった。
1つのディスプレイに、太陽系と、プロキシマ・ケンタウリ系が表示される。それまで星系を上から見ている構図だったのが、横から見ている構図に変わる。真横からちょっと視点がずらしてあり、幾つもの惑星が同時に映る絶妙なアングルだ。そして両者の星系が互いの中間点を公転するような映像になっていった。
『今回はウチが先攻になりました。みなさん良いですか、よーく見ていて下さいね。凄いですからね』
いったい何が始まるのだろう。自分で凄いなどとハードルを上げてしまって大丈夫だろうか。
秀将は固唾を呑んで見守る。人々からざわめきが消え、静粛になる。
景色の変化が速くなっていく。太陽が目に見えるスピードで移動していく。
「な、なんだ……?」
身体に負荷はかかっていない。しかし確実にスピードは上がっているようだ。
赤い縁のディスプレイは太陽系のアップを映す。ディスプレイ内の太陽系でも惑星が激しく回っている。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
何が起こるのか。
ディスプレイと、外の景色を交互に確認する。どちらも激しく動いている。
何かが起こりそうな雰囲気が高まってくる。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
何が……
起こるのか……?
『行きます』
期待と。
不安。
MAX。
そして。
ぐるぐる回っていた惑星の1つ。
一番大きい球が。
木星が。
射出された。
ハンマー投げみたいにぐるぐるぐるぐる回して。
射出された。
秀将は見た。
流れ星みたいに高速で飛んでいく星を。
「あ、あ、あぁ……」
確かに、見た。
全員が目を剥いた。
絶句。
凄いというか、そんなレベルじゃない。いや凄い。凄いを超えた、もう一段上の凄い。
ディスプレイの中で木星がプロキシマ・ケンタウリに向かって飛んでいく。画面の視点が変わっていき、プロキシマ・ケンタウリがアップになる。
別のディスプレイも出現する。これは緑色の縁で、木星周辺をアップに映していた。
プロキシマ・ケンタウリも惑星が幾つも周回している。色んな色の星たち。
木星はあっという間にプロキシマ・ケンタウリの星系に到達した。
そして。
その星系の惑星の一つに。
ゴツンと。
ぶつかった。
みんなは再び驚きに見舞われた。木星が射出されただけでもとんでもないのに、更にとんでもないことが起こったのだ。
こちらの星を投げつけて、相手の星にぶつけるなんて、誰が予想できただろう?
ぶつかられた方の惑星は軌道を逸脱し、星系から飛び出した。
星系から飛び出した惑星はスピンしながら明後日の方向へ向かっていく。
向かった先には何故か黒い穴があった。
そして。
その穴に。
スポッと。
惑星が入った。
三度目の驚愕。木星が射出されるだけでも尋常でないのに、それを相手の星にぶつけるのも尋常でないのに、相手の星がころころ転がって穴に入るなんて!
「ええええぇ--------------------っ?!」
秀将の口から叫びが溢れ出た。周囲からは「What's happened?!」とか様々な外国語の声が無数に上がり、それが渦になり、大歓声になった。
『見てもらえましたね? これが我々最大のお祭【星系輪舞祭】なのです!』
ディスプレイの中も、外も、パーティー用のクラッカーがパパパパーンと咲き乱れ、ホログラムの紙吹雪が乱舞した。
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