第7話 混乱

 この日の学校は、いつもの休日以上の静寂に包まれていた。

 普段なら行われているはずの部活も全て中止され、代わりに魔導軍の調査隊と、小隊規模の魔導機部隊が展開されていた。

 当然生徒も、殆どが登校を禁止されていたのだが……

「———つまり、貴官が目撃した魔導機は国軍や装備庁でも運用されていない、完全に未確認の機体と言うことか。」

「そうなります。」

 この日、俺とマリア、あとは島津先輩と武藤さんと大内の5人は、事件関係者として学園に設置された調査委員会にて、軍からの尋問を受けていた。沙奈枝さんに関しては現在入院中なので、容態が回復次第聴取を行うということらしい。

「秋月特尉。貴官は本件について、どの様に認識している?」

 そう問うのは、種文とマリアのの上官に当たる荒木秀久三佐だ。一応、と言うのは、種文とマリアは企業から出向し、特務尉官として通常の指揮系統には属さない軍人だからだ。

「本職が思うに、この件は単なる事件の域を超えている可能性があります。所属不明の魔導機、しかも、少なくとも我が国の近辺では見かけられない系統の機体です。」

 魔導機には系統がある。通常兵器も、技術の進歩によってある程度似通ってくるとはいえ、国ごとに特徴があるのと同じように、魔術兵器はその特徴がより強くなる。

 だが、昨日遭遇した魔導機はどうだったろうか。あの赤い双眸、禍々しい姿。そのような機体、少なくともここ数年の間には見たことすらない。

「監視カメラを解析したが、当該機の判別は難しかった。が、軍は確かに、レーダーで確認している……もっとも、断続的に、という但し書き付きではあるが。貴官と、そして少弐さんの怪我の具合から見て、何かしらのトラブルが起きたことは確実だが、こうも情報が無いとな……」

「荒木三佐、例の機体はその後どこへ向かったのですか?」

「言葉を選ばずに言い表すのなら、わからん、と言わせてもらう。対馬付近で似たような反応を観測したらしいが、それも正確性に欠ける。」

「そうですか……ありがとうございます。」

「貴官にも、いずれ捜索をやってもらうかもしれん。頭に入れておけ。」

「はっ!」




 荒木三佐による尋問が終わり、少弐沙奈枝の病室へ向かっていた時のこと、種文は、珍しい人物に出会った。

「……なんで高安まで居るんだよ。」

「悪いか?戸籍上私はお前の父親だ。息子のやらかしで学校に来るのは、当然だろう。というか、息子以前にお前は私の部下だ。軍から呼び出されてるんだよ。」

「なーにが親父だ、一ヶ月に1回家に帰るかどうかってようなやつなのによ。」

 高安茂樹。種文とマリア、二人の養父であり、命の恩人であり、上司である人物だ。

 種文とマリアは中国崩壊の直後まで大陸で戦っていた。2人の所属していた部隊は、最終的に民間人の避難の為の殿を務め、玉砕した。

 そんな中、種文とマリアは辛うじて生存し、上海から数十キロの郊外で捕虜となった。

 二人を捕らえた南京軍閥と日本が協定を結んだことで、その後直ぐに日本に送還されたのだが、そんな二人を引き取ったのが、二人の所属していた部隊の隊長の友人であり、とあるPMCの代表を勤めていた高安なのだ。

「それで、どうだった。」

「どうもなにも、無我夢中だったからあまり……白兵戦はあまり得意じゃないんだ。」

「そうだろうな。お前たちは魔導機運用の為に特化されたモデルだ。白兵戦をメインに作られてないから当然だろう。」

「……そっちは何かないのか。わざわざ接触しに来たってことは、何かあるんだろ?」

「お前が見たという、例の黒い魔導機について分かったことがある。」

 途端に興味が向く。高安は気に食わない男だが、間違いなく有能な人間なのだ。ついでに言えば、俺より頭も良い。話し方というものをよく分かっていると常々思う。

「例の黒い魔導機が飛翔したとされる時間と同じ時間帯に、学園都市の作業用魔導機が独りでに起動したらしい。幸い、暴走状態には至らず、アイドリング中に強制停止が出来たらしいが、一機のみならず複数機が同時に起動しているという点から見ても、例の黒い魔導機が何かしら関係しているとみて良いだろう。」

「じゃあつまり、ここ最近の、他の暴走にも関係しているかも、と?」

「そうなるな。とはいえ、恐らく奴は特殊な結界を展開することでレーダーからの探知を逃れることが可能だ。その上、監視カメラや視覚情報の類にも何かしらの干渉を行える。現に、監視カメラの映像に映っていた黒い魔導機は、やけにピンボケした状態で映っていた。種文や他の目撃者の情報を纏めても、やはり漠然としたイメージしか得られなかった。」

「役立たずめ……とは言えないな。相対した感じ、何かしらの認識阻害系の術式が発動しているような感じだった。」

「高度な認識阻害術式───概念の書き換えに匹敵することをやってのけてしまえば、レーダーにも引っ掛からない。だが本当にそんなことをやってのけてるとしたら、これは相当に不味いかもしれんな。」

「と言うと?」

「概念の書き換えは極めて高度な魔法だ。例えば、今の肩衝でもごく一瞬程度であれば似たようなことはやれるだろうが、例の黒い魔導機はここから対馬付近まで高度なステルス性を維持している。対物レーダーは勿論、魔力探知にも引っ掛からなかった。」

「となると……どこかしらの、例えばドイツやオーストリア、ソビエトの新技術か?」

「国家にアレは無理だろう。あれは兵器としてはあまりにも純魔術的すぎる。」

 言われてみれば、あの魔導機からは通常兵器から感じる合理性を感じなかった。例えるなら、彫刻や絵画のような、前衛的で非合理的な美だろうか。

 通常兵器として製造されたにしてはあまりに非合理的すぎる。

「乗り手がヤバいのか、それとも機体がヤバいのか……いずれにせよ、これから仕事が増えることになると思うから、そのつもりでいてくれ。」

「えー……」

「良かったな。上手く行けば、一般人の平均的な生涯収入くらいは稼げるぞ。」

「そういう問題じゃない。」




「そう、あの魔導機が何なのかはわからなかったのね。」

「暴走事件に関係してそうだ、ということ以外は。その事も、本当かはかなり怪しいところで。ごめん沙奈枝さん。力になれなくて……」

 病室のベッドの上には、すっかり回復したような様子の沙奈枝さんがいた。

「良いのよ別に。それにしても驚いたわ!まさか、秋月君とマリアさんが二人とも軍人だったなんて。道理で、あれだけ戦い慣れしているわけだわ。」

「軍人と言いうか、装備庁でテストパイロットをやってるだけというか……一応魔導軍所属だけど、企業からの出向ってことだから階級も少し特殊なんだよね。」

「なるほどねぇ……企業って、有月?」

「そそ。」

 有月グループ。本邦における魔導機の第一人者的な企業であり、他にも魔術用デバイスや工業用魔術機械の実用化を実現した実利主義系魔法企業だ。確か、設立には魔術協会の有力家系が関わったと言うが……

「やっぱりね。ちょうど私くらいの魔術師が軍で魔導機のテストパイロットをやってるって聞いたのよ。」

「へぇ……って、なんで沙奈枝さんが知ってるんだよ。」

「なんでも何も、少弐家は有月グループの大株主だからに決まってるじゃない。知らなかったの?」

「……」

 全くもって知らなかった。というか気にしたこともなかった。

「図星ね……ちなみに島津くんとこのお家も株主なのよ。あと協会の家もいくつか。」

「魔術協会の出先機関かよ。」

「どちらかと言うと私の家の力が強いから一概には言えないけどね。私の兄き……兄さんが次期社長なのよ。」

「……ところで、傷はほんとに大丈夫なの?」

 恐らく機密情報の類だったように聞こえたが、無視するように話を変える。

「ええ。早めに対処できたお陰でね。」

 ……俺の記憶が正しければ、昨日沙奈枝さんの身体からは無数の槍が生えてきていたはずだ。いくら魔術師が頑丈とは言え、さすがに無理があるように思える。

「昨日、確かあの術式が吸血鬼の術式だって言ってたよね。」

「ええ。」

「なんでわかった?吸血鬼の術式は典型的な禁術の一つ。確かに沙奈枝さんは協会の重鎮で、しかも時計塔の学舎の関係者だ。それを踏まえても、あの一瞬の間で対処が出来たのは奇跡に等しい……沙奈枝さん、ほんとに生きてるんだよね?」

 吸血鬼とは、人の生き血を吸うことで生命力を得る災害の総称だ。厄介な点として、もし吸血鬼に吸血されれば自身も吸血鬼になる可能性があるという点だ。

 魔術協会は吸血鬼の拡散防止と根絶を掲げ、吸血鬼の術式を禁術に指定し、封印を施していたはずだった。

 故に、その術式を知っていること自体禁術を破ることと同義であり、協会に粛清されてもおかしくない程のことなのだ。

「当たり前よ。ほら。」

 だが、そんなことなど全く気にしていないような沙奈枝さんはおもむろに俺の手を取り───いや、そこは———

「ちょっ、何を!?」

「私の心臓はちゃんと動いてるわ。わかるでしょう?」

「いやっ、そうだけどもな───!」

「だから、あまり心配しないで……って言っても、あれを見た後にそれは無理か。まあ程々に心配してくれると、それくらいが有難いわ。」

「程々にって……身体から槍が生えた人間を見て程々にってのも無理があると思うけど……まあ、ちゃんと生きてるなら良いのか?」

 正直未だに信じられない、というのが本当の所だ。ただ、沙奈枝さんは魔術師なわけで、あまりその辺りを考えすぎてはダメなのかもしれない。

「魔術は、極端な話言ったもん勝ちの概念の押し付け合い……か。」

「それがどうしたの?」

「……いや、何でもない。」

 あるいは、もしかしたら。死んだ人間を生き返らせることも、魔術ならば可能なのかもしれないな。などと、そんな俗っぽい思いを抱いた。

「明々後日くらいには包帯が取れるらしいから、それまでは入院ってことになりそうねぇ」

「その傷で明々後日には包帯が取れるって……やっぱり、ほんとに生きてるの?というか人間?」

「失礼ね、私は人間よ。何なら、もう一度心臓の鼓動を聞かせてあげましょうか?」

「結構です!」

 もしマリアに、女の胸を触っているところを見られたら……多分死ぬな。多分じゃなくて、ほぼ確実に。

「じゃあ俺、学園に一回戻るから。何か買ってきてほしい物とかあったりする?」

「そうね……特にないわ、彩花に頼んだもの。」

「なるほど。それじゃまた。」

「ええ、また今度。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る