第8話 守ること
「うーん……これも違うか。」
対馬近海。先日遭遇した所属不明の魔導機を捜索するべく、帝国海軍と空軍、そして魔導軍が共同で出動していた。
以前言われたように、俺とマリアも捜索に協力するように言われたため、こうして肩衝を飛ばしていたのだった。
「ただのプラゴミだな。」
「うぇ、コレとかフジツボまみれだ。」
マニピュレーターを用い手に取ったポリタンクには、無数のフジツボがひしめいていた。
「しかし、レーダーで捕捉できなくなったのがここだからって、もう意味はないんじゃないか?」
「私も同感だが……何かしらの手がかりがあることを祈るしかないのかもしれんな。」
魔導機とは、言ってしまえば人型の魔導具である。魔導具とは魔術師が魔術を行使するための触媒であり、用いれば痕跡が残る。
航空機用レーダーから消えたということは、耐圧系の術式を用いて潜航したか、あるいは何らかの術式を用いステルス化し、レーダーから消えたか……どっちにしろ、何かしらの魔術を行使した以外には考えにくい。墜落したならまた別だが……
「遭遇した時、確か奴は海中から現れたな。」
「ああ。」
「となると、あながち潜航したと言うのも間違いじゃないのかもな……」
『
「んー……目視で確認できるものは……」
「種文、3時方向に魔力反応。漂流ゴミの可能性もあるが……」
「了解。」
肩衝の操縦桿を動かし、機体を機動させる。頭の中で空を飛ぶイメージを作りだすと、そのままそのイメージが術式として発動する。
魔導機の動かし方と箒の飛ばし方は根本的には変わらない。自分が思えば、その通りに動いてくれる。操縦桿はそれを補助するための道具に過ぎない。
「……あれか?あれだな。」
肩衝のカメラが捉えたのは装甲板……形状からして、何かしらのカバーだろうか。
「……クロだな。」
「やっぱりか。HQ、こちら———」
「じゃあ結局、どこに行ったかは見失ったんだ。」
「うん。海中を潜水艦が探したみたいだけど、潜航した形跡はあっても沈んだわけじゃなさそうだから、多分海中経由でレーダーを抜けたんじゃないかって。」
「結局、あの男の子が誰かもわからないし、なんだか怪我だけしてるみたいで骨折り損ね。」
そう言いながら弁当をつつく沙奈枝さん。傷を負ってからまだ2週間も経ってないと言うのに平気で生徒会室に居る辺り、この人の回復力の高さにもはや呆れつつあった。
ちなみに、弁当は筑紫さんが作ったものらしい。なんでも、二人は同居しているのだとか。
「ただ、わかったこともある。」
「なぁに?」
「あの魔導機が何なのかわからないということがわかった。」
「……無知の知ね。」
明らかに呆れている表情だった。
「あんまりそんな目で見ないでよ。これでも頑張った方なんだぜ?監視カメラに映っていた、あの解像度の低い映像と、軍で回収した僅かな破片から全体像のイメージ画を作れただけでも、十分すぎる成果だと思うけどね。」
「まあそれはそうでしょうけど……ん……これは───」
「どうしたの?何か見覚えが?」
「……いえ、なんでもないわ。強いて言うなら、こんなに明るい色だったかしら?」
「あー……回収した装甲板の色を基に作ったから、そこら辺は正確じゃないかもね。一応言っておくよ。」
「ええ、よろしく。あ、そうだ。マリアさんにも、生徒会の件伝えておいてね〜」
「はいはい〜」
そしてこの日は、生徒会室に沙奈枝さんを置いて教室に戻ることにしたのだった。
「あの機体……まさか、原初の七機?でも、それなら国軍が機種を把握してないのも頷ける。本当にそうだとしたら───って、あっ!」
視線の先には1枚のクリアファイルが置かれていた。
「ちょっと、秋月くん忘れ物!一番忘れちゃダメなもの置いていってるじゃないの!!」
気になることは沢山ある。あの黒い魔導機然り、二人の軍属の同級生然り。
けれど、今の私は学園の生徒会長。家が何も言って来ないのなら、今は学生の責務を果たすべきだろう。
「……はぁ。今は何よりも、生徒会の人手不足の方が大事ね……種文君たち、入ってくれるとありがたいのだけれど。」
「よう、秋月。」
「島津先輩!」
生徒会室を後にし、これから帰ろうとしていた時のこと。ちょうど帰ろうとしていたのであろう、車に乗った島津先輩が現れた。
───あるいは、待っていたのかもしれないが。
「オジョルスクは居ないのか?」
「先に帰ってもらってます。」
「まあいい。今から帰りか?乗せてやるよ。」
「えぇ、じゃあ。お言葉に甘えさせていただきます。」
そういい、島津先輩の乗るセダンタイプの車の助手席に乗り込んだ。
5年前に起きた戦争は、教育にも影響を与えた。その一例として、島津先輩や沙奈枝さん、筑紫さんなんかは、本来なら今の学年より1つ上の学年、つまり大学1年生や高校3年生相当のはずなのだ。
だが、戦火から逃れるため学業が一年遅れた結果、事実上の留年措置が取られた学生が多くいる。彼らもその中の1つなのだ。沙奈枝さんに対しての口調がやたらと定まらないのは、そこら辺のややこしさがあるからだ。
なお、悪いことばかりというわけでもなく、島津先輩は今19歳で、免許証は去年の夏休みに取得したらしい。高校生の時点で免許証を取れると言うのは、まあ楽なのかもしれない。
先輩と乗っている車は今から27年前、2015年前後に製造された4WDのセダン。島津先輩の兄で島津家次期当主から譲られたというこの車は、フロント・サイド・リア羽のようなパーツ(スポイラーと言うらしい)と車両限界ギリギリの大きさのウイング、普通のセダンより明らかに下げられた車高や傾けられたタイヤ、双筒の大口径マフラーと言った改造が施されている。
内装も、身体をすっぽりと覆うようなシートに加え、ハンドルやレバーも変わっている。
「いい車だろう。エンジン周りはそんなにいじっていないんだが、それでもやはり速い。」
「環境規制とか大丈夫なんですか?」
「魔術デバイスを積んでるから問題は無い。実質ハイブリッドのような物だ。」
昨今の車には環境性能が特に求められている。欧州評議会理事国であるオーストリア=ハンガリーの要求に始まり、今や世界中に広まった環境規制だが、こう言ったスポーツカーも例外ではなかった。
だが、魔術師であれば、
エンジンの回転数が低い時にモーターを稼働させ、燃費向上と排気ガス削減を目論むモーター・ハイブリッドと同様の効果を、魔術でも得ることが出来ることで、現代では魔術的ハイブリッドカーも数を増やしつつある。 運転手の魔力を使うため、魔術への適正がない場合にはガソリンで動くと言うデメリットはあるが……
「秋月の家はここで良いのか?」
「ええ、大丈夫です。」
そう言うと、車が動き出した。魔術を行使した際に響く、キーンと言う音。続けてその後に、ガソリン車特有の音が響く。
キュルルル、と言うターボエンジン特有のバックタービン音を鳴らしながら、車が加速して行った。
「災難だったな、この前は。」
「……沙奈枝さんに怪我を負わせたのは、俺の落ち目です。」
「そういう事を言いたいんじゃないさ。それに、アイツはそう簡単には死なない。殺せない。だから、気にしなくていい。」
その発言は、何かを含んだような物言いだった。
「正直な話、お前たちは特殊な人間なんだろうとは思っていた。軍人程度じゃない。軍属の学生など、この学校には何人か居るからな。」
顔は見えなかったが、その声からは何の軽い物を感じなかった。
「魔導機乗りと聞いた時は流石に驚いたがな。だが、それだけじゃないはずだ。」
「どういう、ことでしょうか。」
「例えばお前たちが───
「…………」
「冗談だ。ただ、俺はお前たちに期待しているんだ。そして同時に、こうも思っている。その実力を、どうか皆を守るために使って欲しい、と。」
「守るため……」
「ああ。強い力は、人を歪める物だ。だからどうか、力に歪められるなよ。」
力に歪められる。その言葉の意味はよく分からなかった。
力とは目的を遂行する為のものであり、それ以上でも以下でもない。それによって目的が歪められるなど───本末転倒以外何者でも無いだろう。
けれども、今この場では、とりあえずの形式上とはいえ、相槌を打ち、先輩の話に同意することにしたのだった。
その後は特に何事もなく、他愛のない雑談で時間を潰しながら、自宅である高安邸まで送って貰った。
「じゃあな秋月。」
「島津先輩も、お気を付けて。」
「おう。生徒会の件、待ってるぜ。」
「あまり期待せずにお待ちください。」
連れないやつめ、と言い残し、島津先輩の車は走り去って行った。
思えば……他の学年の人とこんなに話し込むのは、初めてかもしれない。
我ながら随分と、人らしくなってきたな。と、自画自賛する。
だが。それとは別に、今の種文の思考は全く別のものに向けられていた。
(……車、欲しいなぁ。)
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